シリアルラブ
海原は思った以上にタフだった。シス管とコール部を十往復させられても、九時までの残業が続こうと疲れを見せない。身体だけでなく、不機嫌な態度を見せもしないのだからたいしたものだ。貢のように、不機嫌ギリギリの省エネモードで過ごしている訳でもない。何度も呼び出して恐縮する社員に微笑む愛想まで持ち合わせている。それでいて、彼のイケメンぶりに寄ってくる人間にはきっちり線を引いて、貢から離れようとしないのだから憎らしい。感情の薄い貢でさえ、いい子だと頭を撫でてやりたくなる。彼のような高スペックがよくうちの会社に来てくれたものだと、柄にもなく神に感謝している。
だがいい後輩ができたからと言って、シス管の実態は変わらない。一人入って一人辞めたのだから仕事は楽にならない。海原は優秀だが、四年やってきた内田にはまだ敵わない。どれだけ早く彼に追いつけるかは貢の研修次第。そして通常タスクに海原の研修が追加されたところに、また新たなタスクがやってくるのがシス管だ。
「内部で使うものだから、大雑把な作りでいいんだよ」
システムのことが分からないから簡単に言う棚橋に、流石に頭が痛くなる。
「五月から使用開始って、あと二週間もありませんよ」
あまりの言い分に、貢の代わりに意見してくれたのは海原だ。
「なんとか六月開始にできませんか?」
「それが五月からと強く言われて了承しちゃったんだよな」
何故、実際にシステムを弄れない上司が了承してしまうのだ。そう思うが、これはもう覆せないのだろう。多少のことで動じない海原も、非常識さに言葉を失っている。元々、何も分からいくせにシステム管理部長を引き受けたことからして非常識なのだ。
「業務の合間に頼むよ」
「合間なんてありません」
言い合う二人を眺めながら、カタカタとパソコンに向かう。
棚橋が言うのは本社内の送付物授受簿だった。他部署に書類や荷物を送る場合に、送った送らないのトラブルが発生しないように、複写の送付票を書いて、受け取った側が印鑑を押して一枚返す。その送付書をもとに、ビル内の担当スタッフが台車で荷物を運んで歩くのだ。だがペーパーレス化が叫ばれる昨今、我が社も授受簿は電子化しようという声が上がった。声を上げるのは簡単でも作るのはシス管だ。また新たなタスク発生。この会社の人間は、シス管を体力の減らないロボットだと思っている。
「増員が必要だから俺を採用してくれたんですよね。でも結局一人辞めたなら宝木さんの負担は減っていない。授受システムを作れと言うならもう一人増やしてください」
彼が貢の言いたいことを言ってくれたから、怒りのゲージは下がった。いや、呆れはしたが元々怒っていないから怒りゲージマイナスか。マイナスってなんだ? そんなどうでもいい思考が貢の感情を抑えている。
「増員はコール部優先だから無理だな」
「じゃあ、棚橋部長が実務に入ってください」
「海原さん」
棚橋が実務に入れば、パソコンを壊されて更にカオスになるだけだ。と思ったからではなく、一段落したから声をかける。
「海原さん、もういいよ。とりあえず外枠はできたから」
モニターを指せば、見てすぐ分かったらしい彼が目を見開く。
「え、こんな短時間で作ったんですか?」
「うん。この会社は抵抗するより作業しちゃった方が早いから」
「それにしたって……」
驚いて言葉を失っていてもイケメンはイケメンのままなのだなと、またどうでもいいことに感心する。
「なんだ、できるじゃないか」
「できたのは外枠だけです。新システムを定着させるにはこの百倍くらい労力がいります」
立ち上がって傍に来た棚橋がご機嫌で言うから、そこは釘を刺しておく。大袈裟ではない。使い出してから不備が出ないように何度もチェックが必要だし、マニュアルを作って各部署の役席に研修もしなければならない。不具合が出れば都度修正。不明点でまた何度も呼び出しがかかるだろう。その仕事をするからといって、今抱えている仕事が消える訳でもない。
「いや、君たちならできる。時間が足りなければゴールデンウィークも好きに休出していいから」
なんだそれと突っ込むのも馬鹿らしいので、黙ってキリのいいところまで仕上げてしまった。好きに休出、ということは棚橋自身は休む気だろう。嫌いじゃない部長だったが嫌いになりそうだ。
「宝木さん、手伝います」
聡い彼も棚橋と絡むのは無駄だと分かったらしい。すぐに必要な画面を開いて、貢のデスクに椅子を寄せる。
「じゃあ……」
「そうだ。海原くんは三時からコンプラ研修だから」
だがいい後輩ができたからと言って、シス管の実態は変わらない。一人入って一人辞めたのだから仕事は楽にならない。海原は優秀だが、四年やってきた内田にはまだ敵わない。どれだけ早く彼に追いつけるかは貢の研修次第。そして通常タスクに海原の研修が追加されたところに、また新たなタスクがやってくるのがシス管だ。
「内部で使うものだから、大雑把な作りでいいんだよ」
システムのことが分からないから簡単に言う棚橋に、流石に頭が痛くなる。
「五月から使用開始って、あと二週間もありませんよ」
あまりの言い分に、貢の代わりに意見してくれたのは海原だ。
「なんとか六月開始にできませんか?」
「それが五月からと強く言われて了承しちゃったんだよな」
何故、実際にシステムを弄れない上司が了承してしまうのだ。そう思うが、これはもう覆せないのだろう。多少のことで動じない海原も、非常識さに言葉を失っている。元々、何も分からいくせにシステム管理部長を引き受けたことからして非常識なのだ。
「業務の合間に頼むよ」
「合間なんてありません」
言い合う二人を眺めながら、カタカタとパソコンに向かう。
棚橋が言うのは本社内の送付物授受簿だった。他部署に書類や荷物を送る場合に、送った送らないのトラブルが発生しないように、複写の送付票を書いて、受け取った側が印鑑を押して一枚返す。その送付書をもとに、ビル内の担当スタッフが台車で荷物を運んで歩くのだ。だがペーパーレス化が叫ばれる昨今、我が社も授受簿は電子化しようという声が上がった。声を上げるのは簡単でも作るのはシス管だ。また新たなタスク発生。この会社の人間は、シス管を体力の減らないロボットだと思っている。
「増員が必要だから俺を採用してくれたんですよね。でも結局一人辞めたなら宝木さんの負担は減っていない。授受システムを作れと言うならもう一人増やしてください」
彼が貢の言いたいことを言ってくれたから、怒りのゲージは下がった。いや、呆れはしたが元々怒っていないから怒りゲージマイナスか。マイナスってなんだ? そんなどうでもいい思考が貢の感情を抑えている。
「増員はコール部優先だから無理だな」
「じゃあ、棚橋部長が実務に入ってください」
「海原さん」
棚橋が実務に入れば、パソコンを壊されて更にカオスになるだけだ。と思ったからではなく、一段落したから声をかける。
「海原さん、もういいよ。とりあえず外枠はできたから」
モニターを指せば、見てすぐ分かったらしい彼が目を見開く。
「え、こんな短時間で作ったんですか?」
「うん。この会社は抵抗するより作業しちゃった方が早いから」
「それにしたって……」
驚いて言葉を失っていてもイケメンはイケメンのままなのだなと、またどうでもいいことに感心する。
「なんだ、できるじゃないか」
「できたのは外枠だけです。新システムを定着させるにはこの百倍くらい労力がいります」
立ち上がって傍に来た棚橋がご機嫌で言うから、そこは釘を刺しておく。大袈裟ではない。使い出してから不備が出ないように何度もチェックが必要だし、マニュアルを作って各部署の役席に研修もしなければならない。不具合が出れば都度修正。不明点でまた何度も呼び出しがかかるだろう。その仕事をするからといって、今抱えている仕事が消える訳でもない。
「いや、君たちならできる。時間が足りなければゴールデンウィークも好きに休出していいから」
なんだそれと突っ込むのも馬鹿らしいので、黙ってキリのいいところまで仕上げてしまった。好きに休出、ということは棚橋自身は休む気だろう。嫌いじゃない部長だったが嫌いになりそうだ。
「宝木さん、手伝います」
聡い彼も棚橋と絡むのは無駄だと分かったらしい。すぐに必要な画面を開いて、貢のデスクに椅子を寄せる。
「じゃあ……」
「そうだ。海原くんは三時からコンプラ研修だから」