シリアルラブ
特に何か思うこともなく説明に戻れば、彼も表情を戻して聞いてくれた。この男は切り替えが早くて助かる。また少し好感を持つ。
「だからスキャンマシンのメンテに来たときは、データ転送のパソコンのチェックまでがセット。面倒だけど忘れないで」
そこで事務部に到着して、さっさとメンテにかかってしまう。酷い紙詰まり。だがメーカーを呼ぶほど酷くはない。手早くメンテナンスを終えて、海原にデータチェックを実践させた。呑み込みが早い彼は一度の説明で吸収する。やはりいい人材だ。
「ホチキスを外した凹凸がある書類は、きちんと均してから流すのが無難です。データは頻繁に確認するものではないし、どうせ裏表スキャンだから、そこだけ逆に流すのも一つの手」
そこは事務部の役席に注意してほしいところだが、言わなければまた呼び出されるから言っておく。
「ありがとうございました。えっと、そちらの方も」
見慣れない海原の姿に気づいた社員が声をかけてくる。
「あの、新しいシス管さんですか?」
ああ、面倒だ。面倒だが雑談に応じないスタンスまで海原に強要するつもりはない。
「先に戻る」
他部署の女性と話して気分転換したいならそれもいい。そんな気持ちで、事務部を出ようとすれば、秒で追いつかれる。
「少しくらい話してきてもいいぞ」
「いえ。事務部の社員と話すことはありませんから。というか、置いていかないでくださいよ」
「悪い。次の仕事のことを考えていて」
「それなら俺も混ぜてくださいって」
強がりとか意地という感じでもなく言われて、廊下を行きながらその顔を見上げる。身長一七一センチの貢より十センチは高いだろうか。イケメンだが仕事も真面目な男。いや、それだとイケメンは不真面目と決めつけるようで失言だろうか。とにかく、今まで似た者同士の内田としか上手くやれなかった貢の懐に、難なく入り込むスキルを持つ男。隣にいて嫌な感じがない。
「シス管の実務を教えてください。なんでもやります」
「そうしてもらえると助かる」
心強さを感じながらデスクに戻って、システム修正のチェックを頼もうとパソコンを操作する。だがそこで電話が鳴るのがシス管の哀しいところだ。
「コール部です。応対記録システムの不具合で」
「……すぐ行きます」
不機嫌にはならないが、二秒の間くらい許してほしい。また二階に逆戻りだ。いっそシス管を二階に移動させてくれないだろうか。それだと今度は四階にある総務部や人事部から呼び出されるのか。とにかく呼ばれたからには行かなければならない。
「実務初日で疲れただろ? 俺、また二階に行ってくるから資料でも読んでいて」
「いえ、俺も行きます」
「体力は無事でもメンタルがやられたりしないか?」
「まさか。寧ろメンテのパターンを俺に叩き込んで、出動が交代で済むようにしてください」
「そうなれば理想だな」
よかった、忍耐力もある。そして心身ともにタフ。そんな彼に救われて過ごしたドタバタの日。午後も続く呼び出しの合間にシステムメンテの仕事をして、その日のタスクが終わる頃には八時を過ぎていた。いつも以上に呼び出しの多い日だったが、海原の研修もしながら八時終了なら上出来だ。因みに棚橋はとっくに帰宅している。
「ラストまで付き合ってもらって悪いな。ブラックで嫌になったか?」
「まさか」
帰り支度をしながら聞けば盛大に吹き出された。ここに来て一番の笑い。そんなおかしなことを言っただろうか。
「八時で帰れるなんて天国ですよ。まだ今日が四時間もあるじゃないですか」
「まぁ、そうだな」
前職はもっと過酷だったらしい。感覚の麻痺という気もしないではないが、ここの仕事がいいと言ってくれるなら、それに越したことはない。
「じゃあ、お疲れ。明日もよろしく」
「あ、はい。お疲れさまでした」
彼の声に戸惑いが混じるのは分かった。普通はこんなとき、駅まで一緒に帰って途中で食事でも奢るのがセオリーだろう。だが貢にそれはできない。仕事に支障のない程度の人付き合いはできるが、それ以外はアウト。何を話していいか分からなくて、人といるのが苦痛なのだ。相手もいい気分はしないだろうから、一律他人とプライベートで関わらないと決めている。社内の飲み会や懇親会も一切参加しない。幸い、忙しいシス管さんだから仕方ないねで許されている。実務のできない後ろめたさからか、棚橋に誘われたことも一度もない。
「だからスキャンマシンのメンテに来たときは、データ転送のパソコンのチェックまでがセット。面倒だけど忘れないで」
そこで事務部に到着して、さっさとメンテにかかってしまう。酷い紙詰まり。だがメーカーを呼ぶほど酷くはない。手早くメンテナンスを終えて、海原にデータチェックを実践させた。呑み込みが早い彼は一度の説明で吸収する。やはりいい人材だ。
「ホチキスを外した凹凸がある書類は、きちんと均してから流すのが無難です。データは頻繁に確認するものではないし、どうせ裏表スキャンだから、そこだけ逆に流すのも一つの手」
そこは事務部の役席に注意してほしいところだが、言わなければまた呼び出されるから言っておく。
「ありがとうございました。えっと、そちらの方も」
見慣れない海原の姿に気づいた社員が声をかけてくる。
「あの、新しいシス管さんですか?」
ああ、面倒だ。面倒だが雑談に応じないスタンスまで海原に強要するつもりはない。
「先に戻る」
他部署の女性と話して気分転換したいならそれもいい。そんな気持ちで、事務部を出ようとすれば、秒で追いつかれる。
「少しくらい話してきてもいいぞ」
「いえ。事務部の社員と話すことはありませんから。というか、置いていかないでくださいよ」
「悪い。次の仕事のことを考えていて」
「それなら俺も混ぜてくださいって」
強がりとか意地という感じでもなく言われて、廊下を行きながらその顔を見上げる。身長一七一センチの貢より十センチは高いだろうか。イケメンだが仕事も真面目な男。いや、それだとイケメンは不真面目と決めつけるようで失言だろうか。とにかく、今まで似た者同士の内田としか上手くやれなかった貢の懐に、難なく入り込むスキルを持つ男。隣にいて嫌な感じがない。
「シス管の実務を教えてください。なんでもやります」
「そうしてもらえると助かる」
心強さを感じながらデスクに戻って、システム修正のチェックを頼もうとパソコンを操作する。だがそこで電話が鳴るのがシス管の哀しいところだ。
「コール部です。応対記録システムの不具合で」
「……すぐ行きます」
不機嫌にはならないが、二秒の間くらい許してほしい。また二階に逆戻りだ。いっそシス管を二階に移動させてくれないだろうか。それだと今度は四階にある総務部や人事部から呼び出されるのか。とにかく呼ばれたからには行かなければならない。
「実務初日で疲れただろ? 俺、また二階に行ってくるから資料でも読んでいて」
「いえ、俺も行きます」
「体力は無事でもメンタルがやられたりしないか?」
「まさか。寧ろメンテのパターンを俺に叩き込んで、出動が交代で済むようにしてください」
「そうなれば理想だな」
よかった、忍耐力もある。そして心身ともにタフ。そんな彼に救われて過ごしたドタバタの日。午後も続く呼び出しの合間にシステムメンテの仕事をして、その日のタスクが終わる頃には八時を過ぎていた。いつも以上に呼び出しの多い日だったが、海原の研修もしながら八時終了なら上出来だ。因みに棚橋はとっくに帰宅している。
「ラストまで付き合ってもらって悪いな。ブラックで嫌になったか?」
「まさか」
帰り支度をしながら聞けば盛大に吹き出された。ここに来て一番の笑い。そんなおかしなことを言っただろうか。
「八時で帰れるなんて天国ですよ。まだ今日が四時間もあるじゃないですか」
「まぁ、そうだな」
前職はもっと過酷だったらしい。感覚の麻痺という気もしないではないが、ここの仕事がいいと言ってくれるなら、それに越したことはない。
「じゃあ、お疲れ。明日もよろしく」
「あ、はい。お疲れさまでした」
彼の声に戸惑いが混じるのは分かった。普通はこんなとき、駅まで一緒に帰って途中で食事でも奢るのがセオリーだろう。だが貢にそれはできない。仕事に支障のない程度の人付き合いはできるが、それ以外はアウト。何を話していいか分からなくて、人といるのが苦痛なのだ。相手もいい気分はしないだろうから、一律他人とプライベートで関わらないと決めている。社内の飲み会や懇親会も一切参加しない。幸い、忙しいシス管さんだから仕方ないねで許されている。実務のできない後ろめたさからか、棚橋に誘われたことも一度もない。