シリアルラブ

「いや、全く」
 強がりではない。漸く解放された。持ち続けていれば、いつか力を取り戻して、また貢を惑わしそうな気がしたから。もう世界を移動するつもりはないが、危険なものが傍にないに越したことはない。
「ん……」
 肩を抱かれたまま自分の考えに浸っていれば、額にキスが降りてくる。
「おい。俺はまだ恋人に戻るなんて言っていない」
「言われなくても分かりました。俺と上手くいかなくなったことがショックで二度も世界を飛んだんでしょう? 三度ですか? それはもう好きってことじゃないですか」
「好きだからといって、恋人になればいいかと言えばそうでもない」
「なんですかそれ」
「案外、恋人にならずに仕事仲間でいた方がいい関係でいられたりする」
 我ながら面倒な性格だ。だが激しい感情で海原や真中に当たってしまった自分を思えば、また同じことを繰り返すのはどうかと思う。
「俺は恋人がいいんです。同僚じゃできないような喧嘩もすればいいし、泣いたり喚いたりしながら傍にいるのも悪くない」
「俺がそんなことすると思うか?」
「レアだからいいんじゃないですか。俺に初めて見せる表情とか、恋人特権でいいなって思う」
「そういうものか?」
「そういうものです」
 いつのまにか正面から抱きしめられていて、これは降参になるだろうなと思う。
「ということで、今日はお暇します」
 だが彼は貢を置いて立ち上がってしまう。
「帰るのか?」
 思わず心の声がそのまま出てしまって、彼に満足げに笑われる羽目になった。
「帰ったら寂しいですか?」
「いや、そういう訳じゃないけど。押した割にすぐ引くんだなって」
「このままいたら押し倒してしまいそうですから」
 爽やかに白状しないでほしい。だが何故それがいけないんだという気もする。
「別に拒否しないけど」
「そういうこと言わない方がいいですよ。自分が入院明けって分かっています?」
 言われて思い出した。だがそれが問題なら、貢にとってはなんでもない。
「顔の火傷で萎えるか?」
「まさか」
「じゃあ、来い。第二問だ。俺の身体の火傷を見ても気が変わらなかったら、本気で恋人になってやる」
「でも、痛みとか」
「もう痕が残っているだけで、痛みも化膿もないんだ。あまり激しいことをしなければ平気だ。まぁ、嫌ならいいが」
「いえ、頂きます」
 色気のない二人だと、前も同じことを思った。そのことに安堵する。どうやらここは海原と出会った最初の世界で間違いないらしい。この先また感情が振り切れて訳が分からなくなるようなことがあっても、この世界で生きていく。もう知らない世界に逃げたりしない。どんな世界に行っても、苦しみを乗り越えるのは自分次第だと分かったから。
「あとで引かれると困るから見せておく。嫌ならここで帰れ」
 寝室のベッドの上でシャツを脱ぎ去る。両腕の手首から肘までと背中に残る酷い火傷。顔は治療しようと思うが、身体はそのままでいようと思う。それに耐えらるか。ベッドで膝立ちの状態で向き合ったまま彼が目を細める。腕と頬を見つめるから、後ろを向いて背中を見せてやる。以前抱き合ったときにはなかったものだ。
「ごめんなさい」
 何故か後ろから抱きしめられた。
「宝木さんが体験したことが夢じゃないとしたら、この痕は誤解させて苦しませた俺のせいですよね」
「……っ」
 言いながら唇で背中に触れられて身体が震える。
「聞いてもいいですか?」
 唇で食むようにしながら聞かれて強気でいられなくなる。
「二番目と三番目の俺とは、こういうこと何もなかったんですか?」
「……」
 三番目の彼とホテルでキスをした。が、それを言っていいものか迷う。その間で彼が察してしまう。
「あったみたいですね」
「キスだけだ。それ以上のことをする前に、俺が飛んでしまったから」
「それ以上のことって、つまりそのつもりだったってことじゃないですか」
 貢は逃げるつもりだったが、相手がその気だったことは確かだ。貢も確かに彼が好きだと思っていたから言い訳できない。
「正直、死というか消滅を覚悟していたから、最後に触れ合いたいと思ったのは事実だ。奥さんがいたから、キスだけで消えようと思っていたけど」
「もう、死ぬとか消えるとか言わないでください」
 そこで身体を反転させられて押し倒される。
「あ、背中痛くないですか?」
「大丈夫だって」
 入院中に痛みはけろりと引いて、事故の火傷だと聞いていても、やはりこれは青い炎の世界に行ったことによるものだろうと思う。後悔を忘れず、今後の人生を精一杯生きていくための戒め。
「宝木さん、好きです」
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