シリアルラブ

 予想外の話に驚く。だがそれなら一年の途中で担任が変わったことに説明がつくし、そんな先生はいないと言った保育士の気持ちも分かる。騙された彼女には失礼だが、たったそれだけのことだったのだろうか。貢が並行世界を移動して彼女の存在を消してしまったと思ったのは全くの思い過ごし。それとも、それも世界移動を繰り返したことで生じた変化なのだろうか。
「じゃあ、得永さんのことは覚えている? 母さんがクビにしたハウスキーパーさん」
「クビにした?」
 不服そうに眉を寄せられる。
「クビになんてしていないわ。忙しさの八つ当たりで叱ったことはあったけど。あの人は登録していたハウスキーパーの派遣会社でも古株で、結構いいポジションだったのよ。それで、うちよりずっといいお屋敷に名指しで仕事が入ったの。だからうちには別の人が来たって訳」
「そんな……」
「あれから何人かうちに来てくれたけど、得永さんが一番料理も掃除も上手かったわね。いい家に指名されるっていうのも納得」
 まさかそんな事情があったとは。ここは貢にとって二番目の世界で、得永はいないと思っていた。だが違った。もしかしたら、全ては両親と上手く会話できない貢の想像の世界だったのだろうか。いや、だとしたら腕の火傷が説明できない。
「怪我人なんだから、あまりごちゃごちゃ考えない方がいいわよ。あんたって昔からそう。もっと肩の力を抜いて生きればいいのに」
 じゃあね、と彼女はあっさり去っていった。それが大火傷を負った息子への態度かと思うが、貢は間違いなくあの母親から生まれたのだ。一応、人生で一番長く付き合っている人間。彼女の言うことも一理あるかもしれない。
 一人になった病室でまた鏡を見つめる。
「顔くらい治すか」
 ずっと、貢が負った火傷は治らないと思ってきた。だがそれも頑なな思い込みだったのかもしれない。とりあえず、これからも会社で働くなら、みなに気を遣わせないように顔の火傷は治しておきたい。形成外科の治療は、火傷がよくなって体力が戻ってからになるだろうが。
 どこまでが夢でどこまでが現実か、もう検証しようがなかった。だがこの世界には海原がいて、貢の周りはなかなかいい人間ばかりだ。ずっとここにいられたらいい。もう辛いことがあっても、逃げずに向き合っていきたい。
 さて、海原の告白の返事はどうするか。背中が痛まないように横向けにベッドに戻って、間違いなくこの世界にいる彼のことを思った。
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