シリアルラブ
ファイリングや入力もそこそこ熟しているという。海原が改めて想いを告げてくれたからか、彼の口から真中の話が出てもおかしな感情はない。
「ついでに棚橋部長にも注意してくれたんですよ。本来指示を出してイレギュラーに対応するのは君の仕事だろってね。言い訳もできずに、できる仕事を探してやっています」
「そうか」
彼にできる実務は限られているが、それでもシス管の仕事をしようと思ってくれただけ進歩だ。
「俺も正直仕事どころじゃなかったですけど、宝木さんが戻ってきたときに、溜まっている大量の仕事を見て絶望しないようにって、それを思って乗り切りました。因みに残業しないでここに来たかったので、土曜に休日出勤しますから平日は五時で帰りますと、三坂さんに許しを得たんです。人事だから事故のこともよく知っていて」
「なるほど」
昨日は昼過ぎまで働いて、それから来てくれたという訳だ。
「この病院、個室は夜も面会が自由でよかったです。お陰で宝木さんが目覚めたとき傍にいてあげられた」
「ああ、感謝している」
彼のお陰で今いる場所を見失わずに済んだし、火傷に絶望することもなかった。
「えっと、いえ、そういう話じゃなくて」
貢が素直に言うのが珍しかったのか、彼が困ったように笑う。どう笑おうとイケメンはイケメンだと、いつかと同じことを考える。
「個室は個室でも、特に追加料金が高い三部屋だけ夜の面会が自由みたいなんですよね。初めてこの病室に入ったときには驚きました」
「ああ。俺も未だに驚いている」
実は貢をこんな病室に入れてくれたのが両親だった。親だから連絡が行くのは当然だが、二人でやってきて必要な書類にサインしたあと、空いている中で一番いい部屋に変えてやってくれと言ったらしい。その方が治療しやすいと思ったのか、貢の火傷を他の患者に見せたくなかったのか。理由は分からないが、余計なお金をかけるほど息子に興味はないと思っていたから意外だった。意識が戻ったら連絡をくれと言って仕事に戻ったのは彼ららしいが、土曜の朝父親が顔を出してくれたし、夜は母親が必要なものを紙袋に詰めてやってきた。
「入院費はお父さんと半分ずつ払うから、高くても心配しないで」
そう言って帰っていく彼女に、二人とも貢と同じで人と接するのが苦手なのかもしれないと思った。少し変わった親子だが、貢が自分で思うほど嫌われてはいない。そう思えて、長年の心の重石が取れた気分だ。
「あ、お母様ですね」
頭で考えていた人物がやってきて、立ち上がった海原が頭を下げる。
「じゃあ、俺はそろそろ」
「あら、ゆっくりしていけばいいのに。海原さんが貢の傍にいてくれると思うと安心だわ」
病室にゆっくりという言葉が適切か謎だし、普通は傍にいるのは親ではないのかと思うが、それが彼らの悪気のない息子との距離なのだろう。非常識な母親に呆れることもなく、海原はきちんと挨拶をして帰っていく。
「いい子だけど、普通の社会人でしょう? 月曜から入院ヘルパーでも雇う?」
自分でやろうという考えはないし、海原が休みなら彼にやらせようとしたのかと突っ込みどころ満載だが、一応愛情として受け取っておく。
「いい。自分で動けるし、スマホで必要なものは買えるから」
「そう。じゃあ、今日は帰るから。次はお父さんかな」
「そう」
こんな奇妙な家族なのに、父と母が離婚していないことが不思議だった。きっと奇妙の具合が同じで居心地がいいのだろう。まぁ、両親の仲がいいに越したことはない。
「あ、そうだ」
名残り惜しさなど皆無で帰ろうとする母親に、一つ思い出して聞く。
「俺が保育園のとき、ふみえ先生っていう先生がいた? 一年の途中までふみえ先生で、途中からかおりという先生に変わった気がするんだけど」
幼い頃、母親が苦手で碌に会話もしなかった。もしかしたら貢が知らない真実があるのではないか。僅かな期待を籠めて待つ。
「ふみえ先生? ああ、あの騙された人でしょ?」
「騙された?」
「そう。結婚詐欺師なのかな。結婚する予定でいた男性に預貯金を根こそぎ盗まれてね。その裁判やらなんやらで忙しくなるから休職したのよ。身近に犯罪者がいたなんて怖いから、子どもの前では話さないようにしましょうって、説明会で言われた気がする」
「結婚詐欺師……」
「ついでに棚橋部長にも注意してくれたんですよ。本来指示を出してイレギュラーに対応するのは君の仕事だろってね。言い訳もできずに、できる仕事を探してやっています」
「そうか」
彼にできる実務は限られているが、それでもシス管の仕事をしようと思ってくれただけ進歩だ。
「俺も正直仕事どころじゃなかったですけど、宝木さんが戻ってきたときに、溜まっている大量の仕事を見て絶望しないようにって、それを思って乗り切りました。因みに残業しないでここに来たかったので、土曜に休日出勤しますから平日は五時で帰りますと、三坂さんに許しを得たんです。人事だから事故のこともよく知っていて」
「なるほど」
昨日は昼過ぎまで働いて、それから来てくれたという訳だ。
「この病院、個室は夜も面会が自由でよかったです。お陰で宝木さんが目覚めたとき傍にいてあげられた」
「ああ、感謝している」
彼のお陰で今いる場所を見失わずに済んだし、火傷に絶望することもなかった。
「えっと、いえ、そういう話じゃなくて」
貢が素直に言うのが珍しかったのか、彼が困ったように笑う。どう笑おうとイケメンはイケメンだと、いつかと同じことを考える。
「個室は個室でも、特に追加料金が高い三部屋だけ夜の面会が自由みたいなんですよね。初めてこの病室に入ったときには驚きました」
「ああ。俺も未だに驚いている」
実は貢をこんな病室に入れてくれたのが両親だった。親だから連絡が行くのは当然だが、二人でやってきて必要な書類にサインしたあと、空いている中で一番いい部屋に変えてやってくれと言ったらしい。その方が治療しやすいと思ったのか、貢の火傷を他の患者に見せたくなかったのか。理由は分からないが、余計なお金をかけるほど息子に興味はないと思っていたから意外だった。意識が戻ったら連絡をくれと言って仕事に戻ったのは彼ららしいが、土曜の朝父親が顔を出してくれたし、夜は母親が必要なものを紙袋に詰めてやってきた。
「入院費はお父さんと半分ずつ払うから、高くても心配しないで」
そう言って帰っていく彼女に、二人とも貢と同じで人と接するのが苦手なのかもしれないと思った。少し変わった親子だが、貢が自分で思うほど嫌われてはいない。そう思えて、長年の心の重石が取れた気分だ。
「あ、お母様ですね」
頭で考えていた人物がやってきて、立ち上がった海原が頭を下げる。
「じゃあ、俺はそろそろ」
「あら、ゆっくりしていけばいいのに。海原さんが貢の傍にいてくれると思うと安心だわ」
病室にゆっくりという言葉が適切か謎だし、普通は傍にいるのは親ではないのかと思うが、それが彼らの悪気のない息子との距離なのだろう。非常識な母親に呆れることもなく、海原はきちんと挨拶をして帰っていく。
「いい子だけど、普通の社会人でしょう? 月曜から入院ヘルパーでも雇う?」
自分でやろうという考えはないし、海原が休みなら彼にやらせようとしたのかと突っ込みどころ満載だが、一応愛情として受け取っておく。
「いい。自分で動けるし、スマホで必要なものは買えるから」
「そう。じゃあ、今日は帰るから。次はお父さんかな」
「そう」
こんな奇妙な家族なのに、父と母が離婚していないことが不思議だった。きっと奇妙の具合が同じで居心地がいいのだろう。まぁ、両親の仲がいいに越したことはない。
「あ、そうだ」
名残り惜しさなど皆無で帰ろうとする母親に、一つ思い出して聞く。
「俺が保育園のとき、ふみえ先生っていう先生がいた? 一年の途中までふみえ先生で、途中からかおりという先生に変わった気がするんだけど」
幼い頃、母親が苦手で碌に会話もしなかった。もしかしたら貢が知らない真実があるのではないか。僅かな期待を籠めて待つ。
「ふみえ先生? ああ、あの騙された人でしょ?」
「騙された?」
「そう。結婚詐欺師なのかな。結婚する予定でいた男性に預貯金を根こそぎ盗まれてね。その裁判やらなんやらで忙しくなるから休職したのよ。身近に犯罪者がいたなんて怖いから、子どもの前では話さないようにしましょうって、説明会で言われた気がする」
「結婚詐欺師……」