シリアルラブ

 気がつけば病院のベッドの上にいた。
「宝木さん? 宝木さん、分かりますか? 海原です」
 ウミハラ。海原。海原? ハッとして身体を起こそうとして、全身を襲う痛みに顔を歪める。
「動いちゃダメです。全身火傷しているんですから。今、お医者さんを呼んできますね」
「火傷? 医者?」
 事態が呑み込めないまま、銀の取っ手のついた引き戸を眺めている。他の患者がいないから個室らしい。自分は何故こんなところにいるのだろう。それよりここはどの世界だ? 考えてみるが、今回は貢が望んできた世界ではないから見当もつかない。
「うん。よかった。身体の機能には問題ないみたいですね。顔面麻痺もないし、言葉も大丈夫そうだ」
 まだ若い医師が診察して素直に喜んでくれる。
「骨折もないし、検査で脳にも異常がないと分かっています。火傷がよくなるまで入院すれば問題なく元の生活に戻れるでしょう」
 どうやら自分は大火傷をしているらしい。火傷から感染症を起こす可能性があるから、しばらく病院にいなければならないと説明を受ける。一体どんな理由でそんな火傷をしたのか。
 ふと、青い炎の空間が浮かぶ。忘れてはいない。あの夜空のような空間で別の世界に飛ぶことを願って、そのたびに火傷を負ってきた。どの世界でも頓着されなかった火傷が、今度はしっかり入院までしているのはどういう訳か。
「宝木さんのすぐ傍で、車同士が正面衝突して大破したんですよ。片方は台風で車通りが少ないことに油断して、馬鹿みたいな速度で走っていたスポーツカーでね。火が上がってそれに巻き込まれたんです」
 説明されて驚いた。台風の日、車で帰ろうという海原を振り切って歩いていてそんなことになった。更に驚いたことに、病院に運ばれて一週間も眠っていたらしい。
「後悔しました。何故無理にでも車に乗せて帰らなかったのかって」
 胸の上で手を握られて驚く。ここは宝木と海原が恋人だった世界。貢が知っている中でその世界は一つしかない。海原と初めて会った世界だ。
「お前は真中が好きなんだろ?」
 そっと彼の手から逃れる。
「違うと言った筈です」
「彼の家に泊って両親に歓迎されたと聞いた」
 もう隠すこともない気がして、引っ掛かりをぶつけてしまう。
「真中くんは同性の友達ができにくかったみたいで、それで過保護な両親に喜ばれたというだけです。あの日は部長に遅くまで付き合わされて真中くんが具合を悪くして、落ち着くまで待ってからタクシーで帰ったので、彼の家に着いたのが深夜一時を過ぎていたんです。それで泊っていけと言われて断れなくて」
「……」
 改めて聞けばおかしな話でもなかった。一部だけ聞いた話で想像を膨らませて、海原と話すことから逃げていたのは貢だ。そのせいで並行世界の移動を繰り返して大変なことになった。どこに移動しても苦しさが増すばかり。それならどんな結果になろうと、向き合ってきちんと話を聞けばよかった。
「悪い。鏡あるか?」
 唐突に自分の顔が気になって聞いた。海原は恋人で高性能イケメンだ。その彼に自分はどんな顔を晒しているのだろう。手は動くから触れてみれば、両頬がガーゼで覆われている。
「あー、まだ見ない方がいいかも」
「いや、どうせ洗面に立ったら見るだろ。……って、痛いな」
 骨折はしていないと言われたから大丈夫だと思ったが、身体を起こしただけで全身に痛みが走る。
「無理をしないでください。治りかけの部分がまた悪化しますから」
「といっても、目が覚めた以上ただ寝ている訳にもいかないしな」
 寝巻の隙間から見れば、上半身が包帯でぐるぐる巻きにされていた。両腕の肘から下の部分もしっかり包帯が巻かれている。そこで漸く、自分は腕と背中に火傷の痕があったことを思い出す。新たに顔に火傷を負ったのか。それなら世界を移動している? だが話した感じ、海原は一番目の海原だ。
「はい、鏡です。体力が回復すれば、火傷は形成外科で綺麗にできるそうですから」
「……なるほど。結構な火傷だな」
 手鏡を渡されて納得した。腫れは既に引いているが、顔全体が赤紫に変色している。ガーゼで覆われた部分はもっと酷いのだろう。だが顔の原型がなくなるほどではないから大きなショックはない。
「まぁ男だし、騒ぐほどでもない。化膿止めと抗生物質を飲みながら出勤できそうだ」
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