シリアルラブ
苦しげに語る彼の姿に胸が痛む。そんな感覚も彼に出会ってから知ったものだ。
「どうしたい?」
もう否定は無駄だと知って進むことにした。
「お前に妻子がいて、彼女たちを捨てられない事実は変えられない。その上で俺とどうしたい?」
「妻と別れて宝木さんといたい。それが俺の正しい道だった気がするから」
思った以上の言葉に目を閉じる。こんな男ではなかった。誠実な男を貢が変えてしまった。そう分かるのに、惚れた男にそう言われて喜ぶ自分がいる。きっと自分のそんな勝手な気持ちが、今のおかしな現実を作り出した。無感情なんて言っておいて、奥の奥にあるのは他人を変えてしまうほど面倒な性格。その性格のせいで振り回してしまった人たちを、どうしたらみな救えるか。
「無理だな。奥さんがはいそうですかと言う筈がないし、子どもはお前の子どもなんだから育てる義務がある」
「許してもらえるまで説得します。子どもにはちゃんと毎月お金を送って世話もする」
「そんな簡単なことじゃない。とにかく妊娠中の女性におかしなことを言うな。身体に万一のことがあったらどうする」
「宝木さん」
立ち上がった彼が貢の前に立つ。
「逆に俺はどうしたらいいですか? どうすれば宝木さんといられる?」
どうしたらいいと聞きながら、彼はもう自分のしたいことが分かっていた。ソファーの背凭れを掴んで逃げ道を塞ぐ。
「この世界では一緒にいられない運命だ。同僚として仕事をしていく」
「そうですか」
「おい……っ」
身体を寄せられて顔を逸らせば、代わりに首筋に噛みつかれた。
「おい、冗談はやめろ」
「冗談じゃない。分かっている筈なのに、いつも冗談にして逃げているのは宝木さんだ」
「離せ。奥さんに悪いと思わないのか」
「もう関係ない。そんなの俺の人生じゃない」
言われて、うっすら考えていたことの覚悟を決めた。彼を苦しめて、本来の性格を歪めてしまったのは貢だ。元に戻せるかどうか分からないが、一つだけ可能性に賭ける方法がある。
「分かった」
「……宝木さん?」
応じると思わなかったのか、彼が真意を探るように貢を見る。
「相手になってやる。けどソファーじゃ嫌だからこっちに来い」
窓側のベッドに向かって座って、さりげなく足元に置いてあった鞄に触れる。
「いいんですか?」
「そのつもりだったんだろ? けど一晩だけだ。一晩相手になってやるから、満足したら家に帰れ。その後はちゃんと家族を大事にする」
「そんな……。俺はずっと宝木さんと」
「嫌ならこのまま帰れ。一度だって抱かせてやらない」
不本意な二択に逡巡したものの、ここで逃したら次はないと思ったのだろう。貢を抱いて家に帰るという選択肢を選んでくれる。
「酷いことをしている自覚はあります。でも宝木さんに背負わせることはしませんから」
ベッドの隣に座った彼に肩を抱かれてキスを受け入れる。瞬間、込み上げるものがあった。貢の知っている海原ではないと思おうとした。だが海原だ。初めてキスをしたとき、好きだと思った感覚を思い出して辛くなる。所詮自分も酷い男だ。けれどこのキスだけ許してほしい。落とさないように中指に引っかけているものを、ぎゅっと握りしめる。
「宝木さん」
ベッドに倒されてシャツのボタンに手をかけられたところで正気を取り戻す。
「……俺が脱ぐ」
身体を起こして、わざと背を向けてシャツを脱ぎ落す。素肌を晒せば彼が息を呑むのが分かった。目にするのは二度目でも、そう慣れるものではない。背中一杯に広がる広い火傷。
「どうした? この火傷に怖気づいたか?」
「まさか」
振り向いて試すように見上げればすぐに否定された。
「こっちも見るか?」
左右の腕も見せてやれば彼が目を細める。怯えてはいない。逆に面白がるような顔。
「凄いだろ。どこから抱いても目を逸らせない。平気か?」
「そうやって脅して逃げる気ですか?」
ムッとした彼に手を引かれて、気づいたときにはその腕に収まっていた。
「宝木さんの過去に何があろうと俺は気にしません。何か背負うものがあるなら、俺も一緒に背負う。この火傷を怖れることはない」
そう言って背中を擦ってくれる。その言葉に、背負ってきたものから一度解放されたような気がした。よくないことをしている。だがそんな貢でもいいと言ってくれる。それほど嬉しいことはない。貢より温かい手で背中を擦られて気持ちが解ける。幸せで、もう後悔はないと思う。
「海原さん」
身体を離して彼を見上げる。きっと貢らしくない穏やかな顔をしていたのだろう。彼が瞬いて、それからとても優しい顔になる。
「なんですか?」
「もう一度キスが欲しい」
「いいですよ。でも」
悪戯っぽく変わった笑顔が言う。
「俺も一つお願い」
「何?」
「想太って呼んでください。今夜だけでも」
「想太……」
途端に唇が触れて、互いに離れられない気持ちで奪い合った。この男が好きだ。世界を移動しても性格が変わっても、海原は海原だ。自分は彼が好き。この身がどうなろうと、その気持ちを忘れることはない。
彼の妻には酷いことをしている。だが消える貢の最後の望みとして許してほしい。
「想太」
「何?」
キスに満足したところで、彼の背に腕を回して身体を寄せた。顔を見られないように、強くしがみついて胸に顔を寄せる
「ありがとう。それとごめん」
声にしたところで中指に絡めていたチャームが発熱する。クローバーの四つ目の葉。これが最後。ここで全て終わりにする。
「え? 宝木さん? 宝木さん!」
海原の声を聞きながら、身体が彼と過ごす三番目の世界を離れていくのが分かった。
「どうしたい?」
もう否定は無駄だと知って進むことにした。
「お前に妻子がいて、彼女たちを捨てられない事実は変えられない。その上で俺とどうしたい?」
「妻と別れて宝木さんといたい。それが俺の正しい道だった気がするから」
思った以上の言葉に目を閉じる。こんな男ではなかった。誠実な男を貢が変えてしまった。そう分かるのに、惚れた男にそう言われて喜ぶ自分がいる。きっと自分のそんな勝手な気持ちが、今のおかしな現実を作り出した。無感情なんて言っておいて、奥の奥にあるのは他人を変えてしまうほど面倒な性格。その性格のせいで振り回してしまった人たちを、どうしたらみな救えるか。
「無理だな。奥さんがはいそうですかと言う筈がないし、子どもはお前の子どもなんだから育てる義務がある」
「許してもらえるまで説得します。子どもにはちゃんと毎月お金を送って世話もする」
「そんな簡単なことじゃない。とにかく妊娠中の女性におかしなことを言うな。身体に万一のことがあったらどうする」
「宝木さん」
立ち上がった彼が貢の前に立つ。
「逆に俺はどうしたらいいですか? どうすれば宝木さんといられる?」
どうしたらいいと聞きながら、彼はもう自分のしたいことが分かっていた。ソファーの背凭れを掴んで逃げ道を塞ぐ。
「この世界では一緒にいられない運命だ。同僚として仕事をしていく」
「そうですか」
「おい……っ」
身体を寄せられて顔を逸らせば、代わりに首筋に噛みつかれた。
「おい、冗談はやめろ」
「冗談じゃない。分かっている筈なのに、いつも冗談にして逃げているのは宝木さんだ」
「離せ。奥さんに悪いと思わないのか」
「もう関係ない。そんなの俺の人生じゃない」
言われて、うっすら考えていたことの覚悟を決めた。彼を苦しめて、本来の性格を歪めてしまったのは貢だ。元に戻せるかどうか分からないが、一つだけ可能性に賭ける方法がある。
「分かった」
「……宝木さん?」
応じると思わなかったのか、彼が真意を探るように貢を見る。
「相手になってやる。けどソファーじゃ嫌だからこっちに来い」
窓側のベッドに向かって座って、さりげなく足元に置いてあった鞄に触れる。
「いいんですか?」
「そのつもりだったんだろ? けど一晩だけだ。一晩相手になってやるから、満足したら家に帰れ。その後はちゃんと家族を大事にする」
「そんな……。俺はずっと宝木さんと」
「嫌ならこのまま帰れ。一度だって抱かせてやらない」
不本意な二択に逡巡したものの、ここで逃したら次はないと思ったのだろう。貢を抱いて家に帰るという選択肢を選んでくれる。
「酷いことをしている自覚はあります。でも宝木さんに背負わせることはしませんから」
ベッドの隣に座った彼に肩を抱かれてキスを受け入れる。瞬間、込み上げるものがあった。貢の知っている海原ではないと思おうとした。だが海原だ。初めてキスをしたとき、好きだと思った感覚を思い出して辛くなる。所詮自分も酷い男だ。けれどこのキスだけ許してほしい。落とさないように中指に引っかけているものを、ぎゅっと握りしめる。
「宝木さん」
ベッドに倒されてシャツのボタンに手をかけられたところで正気を取り戻す。
「……俺が脱ぐ」
身体を起こして、わざと背を向けてシャツを脱ぎ落す。素肌を晒せば彼が息を呑むのが分かった。目にするのは二度目でも、そう慣れるものではない。背中一杯に広がる広い火傷。
「どうした? この火傷に怖気づいたか?」
「まさか」
振り向いて試すように見上げればすぐに否定された。
「こっちも見るか?」
左右の腕も見せてやれば彼が目を細める。怯えてはいない。逆に面白がるような顔。
「凄いだろ。どこから抱いても目を逸らせない。平気か?」
「そうやって脅して逃げる気ですか?」
ムッとした彼に手を引かれて、気づいたときにはその腕に収まっていた。
「宝木さんの過去に何があろうと俺は気にしません。何か背負うものがあるなら、俺も一緒に背負う。この火傷を怖れることはない」
そう言って背中を擦ってくれる。その言葉に、背負ってきたものから一度解放されたような気がした。よくないことをしている。だがそんな貢でもいいと言ってくれる。それほど嬉しいことはない。貢より温かい手で背中を擦られて気持ちが解ける。幸せで、もう後悔はないと思う。
「海原さん」
身体を離して彼を見上げる。きっと貢らしくない穏やかな顔をしていたのだろう。彼が瞬いて、それからとても優しい顔になる。
「なんですか?」
「もう一度キスが欲しい」
「いいですよ。でも」
悪戯っぽく変わった笑顔が言う。
「俺も一つお願い」
「何?」
「想太って呼んでください。今夜だけでも」
「想太……」
途端に唇が触れて、互いに離れられない気持ちで奪い合った。この男が好きだ。世界を移動しても性格が変わっても、海原は海原だ。自分は彼が好き。この身がどうなろうと、その気持ちを忘れることはない。
彼の妻には酷いことをしている。だが消える貢の最後の望みとして許してほしい。
「想太」
「何?」
キスに満足したところで、彼の背に腕を回して身体を寄せた。顔を見られないように、強くしがみついて胸に顔を寄せる
「ありがとう。それとごめん」
声にしたところで中指に絡めていたチャームが発熱する。クローバーの四つ目の葉。これが最後。ここで全て終わりにする。
「え? 宝木さん? 宝木さん!」
海原の声を聞きながら、身体が彼と過ごす三番目の世界を離れていくのが分かった。