シリアルラブ

 寝起きのぼんやりとした頭で、深く考えずにドアを開けに立つ。
「よかった、会えた」
「どうして……」
 そこで目にしたものに一度に覚醒した。何故か海原が立っている。
「何故ここが分かった」
 聞いても彼がここにいる事実は変わらないと知りながら、聞かずにいられなかった。
「宝木さんが心配で会社に電話したら、人事部の人に近くのホテルに泊まるらしいと言われて」
 ああ、またやってしまった。人事部の彼にも注意しなければならなかったのに、前回は違ったから忘れていた。
「部屋番号は」
「会社の指示で社員の安否確認をしていますと言って社員証を見せたら、割と簡単に教えてくれました。こんな天気ですから」
 ホテルスタッフはプライバシー管理に徹底していると思ったが、有名人でもない一般客などそんなものなのかもしれない。とにかく彼がやってきてしまった。どうにか追い返さなければならない。
「で、なんの用だ。俺は今日ここに泊まって、明日はここから出勤するつもりなんだ。もう寝るから帰ってくれ」
「とりあえず中に入れてください」
「おい、こら」
 らしくない強引さで侵入して、彼が中から鍵をかけてしまう。
「なんのつもりだ」
「宝木さんと話をするためですよ」
 彼が部屋の中に進むから貢も追うしかない。ベッドが二台あるから他はさして広くないスペースで、彼がソファーに座ってしまった。一度目の彼ならしない行動。やはり、この世界の彼は貢が知っている彼ではない。それとも、貢の世界移動のせいで変わってしまったのだろうか。
「仕事以外で話すことなんてない」
「そうやって俺を突き放そうとするのは何故ですか?」
「妊娠中の奥さんをこんな天気の中一人にするのか?」
「今日はもう誤魔化されません」
 覚悟のようなものに気圧されて斜め前のソファーに座る。
「俺とはただの同僚の関係だろ? 会ってたった三ヵ月。どうして俺に執着する?」
「分かっている筈です」
 できるだけ静かに言ってみたが、騙される彼ではなかった。
「分かるって何が」
「俺たちは前もどこかで会っている。それもかなり深い関係で」
「夢でも見ていたんだ」
「じゃあ、どうして俺の言葉に怯えて逃げ回る必要があるんですか?」
「逃げ回ってなんて……」
 距離を置いているのは事実だから強く返せない。
「妙な話じゃない。多分、過去にどこかで会っているんだろうよ」
 だから防御の方法を変えた。
「大方、酔っていたところで意気投合して一夜を共にしたとか、そんな話だろう。酔っていたから恋人みたいな話の一つもして、お前はそれを忘れられない。それだけだ」
「そんなんじゃない。過去を打ち明け合って、好きだと思って、でも傷つけ合って離れることになった」
 ああ、マズいことになった。彼はこの世界の人生を生きてきた筈なのに、記憶や感情に歪みが生じている。それは貢が移動してきたから。貢の移動が彼の平穏な人生を狂わせているとしたら、どう修正してやればいい? 彼の妻やその子どもまで苦しむことになるならどう防げばいい? 遅すぎると分かっていながら、今、明確に後悔する。
 海原と出会って恋をしたあの世界から逃げなければよかった。
 強すぎる後悔が胸を刺す。
 あの世界にいれば苦しかった。海原と真中が恋人になって、そんな二人を見ながら仕事をする日々になった。だが運命を受け入れて、また懸命に生きていくこともできたのだ。辛くても、真中が事故に遭ったり海原の家族を不幸にすることはなかった。違う世界に飛んで、その中でみな幸せに暮らす。そんな都合のいい世界がある訳ないのに。幼少期に保育士が一人消えたことで気づかなければならなかったのに、また二度も世界を移動してしまった。今から、貢に関わる人間の不幸が少なく済むようにするにはどうしたらいい? 起きていることが複雑すぎて見当もつかない。
「俺は宝木さんが好きです」
 間違えようもなく言い切られる。
「女性と結婚して子どもまで作った」
「ずっと違和感が消えなかった。妻と恋人になって結婚した記憶はあるのに、突然妻がいる世界に連れてこられて降ろされたみたいな感覚が消えない。記憶が操作されているんじゃないかって、馬鹿なことをいつも考える」
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