シリアルラブ

 では何故そんな職場で働いているかと言えば、人付き合いが苦手だからだ。逆井保険にはいくつか支部があって、社員は数年ごとに異動を命じられる。本店内でも、人事部から突然コール部に異動なんてことも珍しくない。入社試験のときに了承を得るから仕方ないのだ。そんな中、一つだけ別ルートで採用されるのがシス管だ。異動はなし。本人の強い希望がない限り定年までシス管。ただし残業と休日出勤に可能な限り応じること。そんな条件を呑んで入社している。実際『可能な限り』という言葉は嘘で、タスクが残っていれば強制的に残業と休出しなければならない。だが異動しなくていいというのは事実だから、貢はありがたく働いている。人間関係が苦手な者にとって、漸く慣れてきた部署を離れてまた一から関係を作っていくのは拷問なのだ。それなら激務の方がずっとマシ。残業代が出るから給料もいい。という訳で黙々と働いている。家族を持つ予定のない貢は、誰かに休出を咎められることもない。本気で定年までいようと企んでいる。と、それを思えば、海原は普通に女性と結婚して家族サービスをしそうだが、その辺りはどうなのだろう。今は独身のようだが、一、二年で結婚して退職? それは困る。まぁ貢にどうにかできることでもない。
「うちは今、ほぼ全てのシステムでパスワードではなく静脈認証なんだ。今日コール部に二人新人が入るから、その設定をお願いする」
 始業時間になったので二人でコール部に向かいながら説明する。
「最新って感じですね」
「そうだけど、導入した理由は情けないものだよ。パスワードの入力ミスでシステムに入れないオペレーターが続出してね。再設定のたびに出動していたら、こっちの仕事が回らなくなったんだ。で、黙々と二三時まで残業していたら、流石に罪悪感があったらしくて、コール部の役席がシステム変更の声を上げてくれたって訳」
「宝木さんたちがキレたって訳じゃないんですか?」
「キレても上が動くとは限らないし、余計な体力は使わないことにしている」
「大人ですね」
「そうか?」
 そこでコール部に到着して、設定用端末の前に新任スタッフを座らせる。説明しながら一人の設定をしてやれば、見ていた海原が難なく二人目の設定を終えた。
「これがシス管の一番初歩の業務。コール部は入れ替わりが激しいから、呼ばれたら俺の許可なしで行っていいから」
 例によってコール部社員との雑談は省略して、戻る廊下で説明する。これで一つ任せられる。さて次は修正システムのチェックでもしてもらおうか。思いながらデスクに戻ったところで電話が鳴る。
「すみません、事務部です。スキャンマシンの調子が悪くなって」
「すぐ行きます」
 どうせ不機嫌な声を出したところで仕事はなくならない。それはシス管を続けてきて得た教訓だ。こんなとき感情の起伏の少ない自身の性格に感謝する。不機嫌な芝居は時間の無駄。だから椅子に戻らないまま踵を返す。おっと、そういえば一人ではなく海原がいる。
「今度は事務部から呼び出し。二階ならコール部にいるうちに声をかけてほしかったけど、これがシス管。どうする? 疲れたならここにいてもいいけど」
「まさか」
 試すように言えば、また彼が口角を上げた。
「こんなので疲れるほど柔じゃありません。俺、まだ二七なんで」
 おや、少し口調が砕けた。嫌われるよりはいい傾向。
「じゃあ、ついてきて。歩きながら事務部の仕事を説明するから」
 最早前のデスクでパソコン作業のフリをしている棚橋はガン無視だ。いいのだ。実務ができない彼に文句を言わない代わりに、仕事にも口出しさせない。それで別に関係も悪くない。そうして何年もやってきたのだ。そんな部長と部下の空気を察したのか、海原も棚橋について何か言うことはない。
「うちの会社が申込書の他に本人確認書類のコピーを受け入れることは知っている?」
「入社研修で習いました」
「そう。じゃあ今それをスキャニングして保管していることも習ったね。紙で貰ったものをデータで保管して、紙の方は業者で一定期間保管してその後破棄。事務部でそのスキャン作業をしているんだ」
 また廊下とエレベーター内で説明を終えてしまう。
「そのスキャンマシンが二台しかない上に大層気紛れでね」
 そこで彼がふっと笑う。
「何?」
「いや、宝木さんもそんな可愛らしい言い方するんだなって」
「可愛らしい?」
 ああ、マシンを擬人化したことを言っているのか。楽しんでもらえたなら何よりだ。
「よく紙詰まりや起動不良を起こすんだ。ちゃんと動いているフリをして、データ転送されていないことまである」
「厄介ですね」
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