シリアルラブ

 瓶入りの海苔の佃煮だった。二つ前の世界で見たくないほど嫌だったもの。今度の世界ではなんでもない。そういえば過去の世界では飲み会があったが、今回はないのだろうか。
「凄い。佃煮って僕初めてかも」
「お、そうか。それはよかった」
 棚橋の相手は真中に任せて貢は仕事を始める。
「……海原さん?」
 視線を感じて顔を向ければ、彼がじっとこちらを見ていた。何か言いたげで、何かを探るような目。
「何?」
「いえ。今日も仕事が大量だなと思って」
「だな。呼び出しが来ないうちに片付けてしまおう」
 と言ったところで呼び出されるのがシス管だ。
「コール部だ。俺行ってくる」
「いえ、俺が行きます」
 割と強引に言って立ち上がるから、彼に任せることにした。よく働くいい男。同僚として接していれば問題ないのだ。貢はプライベートについて何も聞くまい。そう決める。
 次の呼び出しは自分が行こうと思っていたのに、何故かその日はその一本で呼び出しが止まってしまった。業務もサクサク進んで真中のやらかしもない。五時前に残りのタスクがごく僅かになった。今から手をつけて三十分残業してもいいが、明日に回して久しぶりに定時で帰るのもいい。そう思ったが、そう上手くいかないのが職場というものだ。
「なんだ、今日は残りの仕事が少ないじゃないか。じゃあ、飲みに行こう」
 余計なところで余計なことを言う男。だが一応タスクの多い少ないは把握していたことに免じて付き合ってやろう。佃煮が既に登場したから飲み会はないのかと思ったが、やはりこの世界でも発生するらしい。
「海原さんはどうする?」
「あー、宝木さんが行くなら」
「せっかくだからみんなで行きましょう。僕、会社の飲み会って憧れていて」
 お坊ちゃんの発言だと思うが、素直で嫌な気はしない。そんな真中の希望もあって、四人で棚橋お勧めの店に向かった。彼のお勧めなのに意外、と言っては失礼だが、パーテーションで仕切られたテーブル席がモダンで、然程騒がしくもない。料理を運んでくる店員も礼儀正しい。
「まぁ、好きに飲んで食べてくれ」
「あ、部長、注ぎますよ」
 棚橋は意外に気前よく、真中もよく気がついた。怖れていたイベントだが、交ざってみればなんてことない。何故一度目のとき、あれほど怒って拒絶してしまったのだろう。そこから転げ落ちるように悪くなった時を思って、後悔に胸が痛む。
「宝木さん、お酒飲んでなくないですか? 何か注文しますか?」
 海原にメニューを差し出されて、手を振って辞退した。
「四人とも酔ってしまったらマズいだろ。元々俺、そんなに酒が好きでもないし」
 棚橋の目があるから一杯目は飲んだが、二杯目からは烏龍茶だ。
「実は俺も」
 彼のグラスもとっくに烏龍茶に切り替わっていた。
「俺が部長を担当するから、海原さんは真中くん担当で」
「いえ、逆がいいです」
 向かいに座る棚橋と真中がメニューを見ながら何やら話しているうちに、こっちはそんな相談をする。一杯目のアルコールのお陰なのか、彼といつもより打ち解けて話せていた。ふと、彼と過ごした一度目の世界を思い出す。幸せな思いも沢山した。確かに彼が好きだった。もし彼と真中の関係に絶望せず、とことん向き合っていたらどうなっていただろう。例え失恋することになっても、精一杯恋をやりきったという達成感くらいは味わえただろうか。思っても仕方ないことを思う。
「海原さん、質問です」
 棚橋が脇の壁に頭を寄せて目を閉じてしまったところで、真中の目が輝き出した。
「奥様とは恋愛結婚ですか?」
「うん。多分」
「多分ってなんですか。じゃあ、今も仲睦まじいですか?」
 奥さんが妊娠中の夫婦に聞くことじゃないだろうと思った。夫婦仲がよくなかったとしても、そう言える筈がない。
「真中くん、失礼だから」
「え、この質問失礼ですか?」
 こういうところはやはり真中だ。世間の暗黙のルールを知らない世間知らず。
「人の家庭のことをズケズケと聞くのは失礼だ。酔いが覚めたとき後悔するからやめておけ」
「そんなことないと思うけどな。じゃあ、家庭持ちじゃない宝木さんのプライベートなら聞いてもいいんですか?」
「いいけど、聞いても面白くないぞ。平日の疲れを取るために寝られるだけ寝る。料理はしないから、起きたらコンビニに飯を買いに行く」
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