シリアルラブ

「海原さんてイケメンですよね。女性にも男性にもモテそう」
 今度の真中は何故か貢に懐いている。
「男性にも? そうか?」
「そうですよ。いい身体しているのに顔は笑うと可愛いし。いいな。僕、彼氏とお別れして乗り換えちゃおうかな」
 彼氏がいてその発言かよと呆れてしまう。
「やめておけ」
 電車遅延で海原の出勤が遅くて、珍しく真中と二人の朝だった。棚橋がギリギリなのはいつものこと。バイトでやってきて早々に海原を気に入ってしまった真中が、まだ主のいない海原の席に座る。世間知らずのお坊ちゃまだから、本人が出社するまでは許してやろう。だが恋心はストップさせてやらないといけない。
「海原さんには奥さんがいる」
「えー、嘘」
 感情表現の素直な彼がデスクに突っ伏す。それもバイトの態度じゃないだろうと思うが、傷心なのだから許してやろう。
「海原さんがそう言っていたんですか?」
「はっきりとは聞いていないけど、遅くまで残業すると拗ねられるって言っていた。じゃあ、帰っていいって言っても帰らないんだけど」
「それって話を聞いてほしい合図じゃないですか。どうしてズバリ聞かなかったんですか」
「悪い。俺、対人スキルゼロだから」
 この世界では極力彼と話さないと決めたていた。何を言われても無反応を貫けば、ビジネスライクな関係に落ち着く。貢と内田のような関係になれればいい。そう思って余計なことは聞かない。そこで海原が出勤してきて、まるで仕事の話でもしていたかのような空気を作って、真中が自席に戻っていく。今度の真中は、前とその前よりできる男。
「すみません、遅れて」
「いや、まだ始業前だから」
 相変わらず言い訳しない彼に、温度のない声で応じる。
「あの、海原さんって奥さんいるんですか?」
 おい! と突っ込む前に、真中は聞きたいことを聞いていた。
「いますけど」
 貢の誤解という僅かな期待が打ち砕かれて、顔色は変わらなくても手が止まる。海原が貢も真中も好きにならない世界。なるほど。妻がいれば男など好きにならないという訳だ。
「お子さんは?」
 それは人によってはタブーの質問だとヒヤヒヤしたが、今度も海原は淡々と返す。
「奥さんが妊娠中で、あと半年くらいで産まれます」
「素敵です。産まれたらお祝いしますね」
 やはり今度の真中は違う。感情表現豊かだが、たまに芝居もする。妻子持ちだと知って落ち込んでいるのに、それを表に出さない。こっちの真中の方が好きかもしれない。
「いえ、いいですよ。子育ては任せて精一杯仕事してねって言われてますし。最近は職場で子どもの話をすると、相手によってはハラスメントらしいですし」
 面倒な世の中だ。が、彼が家庭の話をしないのは貢も助かる。
「暑……。ちょっと自販機に飲み物買いに行ってきます」
「いってらっしゃい」
 電車遅延で駅から急いで来たのは事実だろうが、デスクを離れたのは真中の質問攻めから逃れるためだ。その真中がまた貢のデスクにやってきて声を潜める。
「なんか、あまり仲睦まじいって感じじゃなかったですね。恋愛結婚じゃなくて訳アリとか」
 こういう子どもっぽさは前と同じだ。海原のメンタルを煩わせるのはよくないから釘を刺しておく。
「その辺にしておけ。夫婦のことなんて本人たちにしか分からないんだし、あまり詮索するとお前が逆ハラスメントで訴えられるぞ。クビになったら父親に叱られるんだろ?」
「それだけじゃ済まなくて、家に置いてもらえなくなります。オブジェ作家なんか辞めて普通に働けと言われて」
「それが嫌なら大人しくしていることだな。脅す訳じゃないけど、この会社のバイトって割と簡単にクビにできるから」
「それが脅しっていうんですよ」
 そこに海原が戻ってきて、真中がバタバタと席に戻る。
「おはよう。今日はいいものを持ってきたぞ」
 そのあとから棚橋も漸く出勤してきた。始業三分前。部長がそれでいいのかと思うが、この男に常識は通用しない。
「いいものってなんですか?」
 真中と棚橋の相性がいいのは前と同じ。
「ほら。妻が通販のミスで馬鹿みたいに沢山買ってしまったから、おまえらにやるよ」
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