シリアルラブ

 平坦な声で聞けば彼が目を細める。
「タクシーで家に帰ったんですけど、やっぱり落ち着かなくて。ダメ元で車で流して宝木さんを探してみようかなって」
 どうしての理由になっていない。この世界で恋人ではないのに、何故そんなことをする。
「タクシー見つからなかったんですよね? これ俺の車ですから遠慮なく乗ってください」
「いや、俺は徒歩で……」
「せっかく車があるんだから乗っていけばいいじゃないですか。早くしないと大雨になるかもしれませんよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
 この状況で頑なに拒否する方がおかしい。仕方なく助手席に乗って、黙って前を見ていた。明日、出勤しながら何かお礼を買っていこう。当たり前に親切にされる関係ではないと知ってもらおう。もし次に同じ状況になったら、さっさとタクシーで帰ってしまおう。
「宝木さん」
 如何に距離を取るかと思う貢の思考を読んだ訳ではないだろうが、ふと笑う彼の様子に怖くなる。
「この間パラレルワールドの本を読んでいたじゃないですか」
「そうだな。たまたまだけど」
 パラレルワールドに縁があるという話まではしていない。気紛れで一冊だけ買ってしまって面白くなかったということにしようと思ったのに、その前に彼が口を開く。
「宝木さん、パラレルの反義語って知っています?」
 背中にざらりとした感覚が走って、彼の横顔を凝視した。この男は何者だ? 何故前の世界と同じことを言う? 混乱で言葉が出ない。そこで彼の電話が鳴る。
「出なくていいのか?」
 ちらりと見ただけで、彼は画面に触れもしない。
「いいんです。穏ですから」
「じゃあ、出ないと」
「せっかく宝木さんを乗せているのにもったいない」
 この男は貢の知っている海原ではないと思った。貢にずっと大事にすると言ってくれた。その彼が恋人の電話にそんな言い方をするなんて。
「出ろよ。大事な電話だったらどうする」
「明日も職場で会いますし」
「いいから出ろ」
 強く言ってしまえば彼が苦笑する。なんの苦笑か分からないが、すみませんと詫びて、器用にスピーカーにした電話に応じる。
「もしもし、穏? ……え?」
 彼の顔色が変わった。
「状態は? どこの病院?」
 その言葉に貢も血の気が引いていく。
「真中くんに何があった?」
 通話を終えた彼に聞けば、前を見たまま、まるで貢のように淡々と告げる。
「事故に遭って重症だそうです。いつもの運転手の車に乗っていて、対向車と正面衝突。運転手は擦り傷で済んだらしいですけど」
 最悪の展開だと思った。これも貢が世界を移動したからだろうか。別の世界の記憶を持つ貢の登場で、彼らの関係がおかしくなって、その結果の事故なのだろうか。
「悪い。俺のせいだ」
 クローバーがきらりと光るのに気がつく。それは合図。
「宝木さん?」
「俺はこの世界にいられない」
 言った途端に身体の輪郭が薄れていく。
「宝木さん!」
 無造作に車を止めた彼が上げる声に、穏やかに応じる。
「大丈夫。俺が消えれば真中くんはよくなって、仲のいい恋人に戻れるから」
「待って、宝木さん。俺は……」
「じゃあな」
 もうこの世界の海原に会うことはない。そう確信して目を閉じる。
「……!」
 ふっと空気が変わった気がして目を開ければ、三度目の夜空の空間にいた。中央に青い炎が浮いていて、その下から無数の道が伸びている。誰もいないことから考えれば、一人の人間が長く留まっていい場所ではないのだろう。急がないといけないと分かっているのに、次はどの道に行けばいいのか分からない。
 貢と海原が恋人としてずっと上手くやっていける道。そんな道はない気がした。二つ前の世界で恋人になったのに上手くいかなかった。その苦しみで真中や棚橋に当たり散らした。またそんな自分になりたくない。ならばどんな道なら心静かに暮らせるだろう。選択を誤れば海原や真中が消えてしまう。それは避けたい。ならばどんな道だ? 迷う貢に焦れたように炎が大きくなる。
「……っ」
 誰かに操作されているように身体が動いて、炎に近づいた途端に背中に痛みが走った。ああ、今度火傷を負うのは背中か。痛みにも醜い火傷にも恐怖はなく、ただ次に進むべき道を考える。そこでハッと閃く。
「俺も真中くんも海原さんの恋人になれない世界へ」
 唱えれば炎が離れて、一つの道がくっきりと浮かび上がる。
 貢も真中も恋人になれない。それなら真中の存在に苦しむことはないと思った。二人の名を唱えているから、二人が消えることもない。
「今度こそ」
 無表情で友達が一人もいない。ただその生活が幸せだった自分に戻れますように。三つ目の葉の色をくすませたチャームを握りしめて祈っていた。
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