シリアルラブ

「来週から来るバイトの子、実は俺の恋人なんです」
 毎回薄い反応しか返さないのに、律儀に話しかけてくる男に呆れる。
「……ゲイだったんだな。つまり海原さんが裏工作したってこと?」
「まさか。入社二ヵ月の俺にそんな力ありませんよ。彼の父親がうちの社長と知り合いだったみたいです」
 それで恋人の職場にバイトで入りたいとねだったのなら結局裏工作だろう。だが貢には関係ない。棚橋の話相手にでもなってくれればそれでいい。
「席、向かい側に移動するか? その方が研修しやすいだろ?」
「いや、いいですよ。俺もまだ宝木さんに聞きたいことがありますし」
 隣の席で仲よくやればいいのに、おかしなところで頑固な男。
「じゃあ、好きにしろ」
「俺は宝木さんを尊敬していますから」
「よかったな」
 淡々と言って仕事に戻れば、空気を読んだ彼も仕事に戻る。どんなに無愛想に接しても貢を嫌わないのは前と同じ。心でそっと、自分しか知らない事実を反芻する。
 右腕の火傷と引き換えに、貢は望み通りの世界に来ることができた。内田が退職して海原がやってくるのは同じ。だが彼は初めから、俺には同性の恋人がいると言う。正確には、そんな四月、五月の記憶がある六月の世界に飛んできた。りんかい線のホームも、高輪ゲートウェイのカレー屋やピアノの過去もない、ただの同僚の世界。間違いなく貢が望んだものだ。
 いっそ真中は海原の話の中だけに出てきて、職場に現れなければいいと思ったが、そこまでは上手くいかなかった。前の世界と同じ日に、彼はシス管にやってくる。
「オブジェ作家なんですけど、父が一度くらい普通の会社で働きなさいと言うもので」
 それも同じ。前の世界では真中に酷い態度を取ってしまった。だから次はなるべく彼を見ないように。せめて無表情で過ごせるように気をつけよう。そう思って、モニターにばかり向かっている。
 貢と海原は急な呼び出しに備えて同時に昼休憩に出ることができない。だが海原と真中は問題ない。何を食べようと相談しながら執務室を出る背中を見れば、胸にチクリと痛みが走った。この世界で海原に恋はしていない筈なのに、前の世界の記憶を引き摺っている。仕方ない。これが貢が望んだ世界なのだ。
「俺が仕事をしておきますので、三人で行ってきてください」
 件の飲み会の日も、前と違って穏やかに三人を送り出すことができた。
「お土産の一つでも買ってきてくれればそれでいいので」
 週明けデスクに置かれるのは、飲み屋で買ったという海苔の佃煮。あのとき何故あんなに苛立ったのだろう。棚橋も一応上司なのだから、あの態度はよくなかった。今更前の世界の自分を反省する。
 一人で九時まで残業したところで身体の怠さに気づいた。そうだ、風邪だ。思い出して、夜遅くまでやっているドラッグストアで薬を買った。仕事を終えた途端に考えるのが面倒になって、前と同じに流されようと思う。
 だがシャワーを浴びて薬を飲んだところで違うことが起きた。
『お開きになりました。仕事を任せてしまってすみません。来週は俺が宝木さんの仕事を引き受けますので』
 眠る前に海原のラインが届いてしまう。
『真中くんを家まで送ったんじゃないのか?』
 何故そんなことを聞くのかと、怪しまれるリスクを考えられなかった。
『いえ。彼は迎えの車が来て帰りました。彼の家、運転手さんがいるんです』
 ああ、前の世界と逆ならよかった。そう思わずにいられない。恋人なら家まで送るのも自然なことなのに、何故こちらの世界で彼らが別々に帰宅する? これが前の世界の出来事なら、あれほど拗れることはなかったのに。
『宝木さん?』
 自分から聞いておいて言葉を返さずにいれば、彼が電話に切り替えてくる。
「宝木さん、大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「昼前、体調悪そうで。……すみません。分かっていたのに飲み会を止められなくて」
「お前と真中くんの歓迎会だったし、一度行っておかないと部長が納得しそうになかったからよかったよ。仕事に集中できたし」
「やっぱり声がおかしい」
 電話越しでも彼は鋭い。咳は出ないが喉が痛む。
「明日、明後日寝るから平気だ」
「俺、行きましょうか?」
 一瞬、言葉を失った。まるで恋人同士のような言い方に胸が痛む。だが惑わされてはいけない。この世界の彼は真中の恋人なのだ。
「俺の住所なんて知っているのか?」
「この間、孤独死に備えて教えてくれたじゃないですか。俺の住所は聞いてくれなかったけど」
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