シリアルラブ
『ごめん、辞めます。既読がついたらブロックします』
深夜に内田からそんなラインが届いた。貢と性格が似ている彼は、一つの場を去るときに人間関係をリセットする癖まで同じだった。読んでくれるかどうか分からないが、『お疲れ。一緒に働けてよかった』と返しておく。
『仕事の引継ぎ、ごめん。新人の研修も頼む』
すぐブロックすると言ったのに、もう一度言葉が返ってきて、それで充分だった。
『心配するな。ゆっくりしろ』
その言葉を最後にブロックされたらしい。これでいい。彼のことはよく知っているから恨むことはない。それより明日からどう仕事を回していくかだ。どう悩もうとタスクを熟さなければならない。幸い、新しく来た海原はシゴデキだ。言い方は悪いが、上手く彼を使って乗り越えよう。そうと決めたら寝る。感情より先にどうすればいいかを考える。そんな性格を親に嫌われたものだが、自分はそんな効率のいい性格を気に入っている。自分で自分を認めてやらなければやっていられない。そう思ううちに眠りに落ちる。
翌朝、いつもより三十分早く出勤すれば、何故かエレベーターで海原と会った。
「おはようございます」
「おはよう。早いな」
「昨日忙しそうだったので、早く来れば何か手伝えることがあるかもしれないと思って」
いい奴だ。相変わらずのイケメンぶりを見ながら思う。資料整理や掃除ではなく貢の仕事を手伝うつもりでいる。自分に自信がないと言えない台詞だ。
「嫌じゃなければ答えて。前職何?」
二人きりのエレベーターで彼がボタンを押してくれたから、奥に立って聞いてみる。
「金融関係の会社のSEです」
「銀行?」
聞けばメガバンクの一つが返ってきた。行員ではなく、傘下のシステム会社の社員だったというが、その会社がATMから顧客管理システムまで担当しているのだから最高難度だ。給料もここよりいい筈だが、何故辞めてしまったのだろう。それは深入りしすぎかと自重する。とにかく仕事に関して遠慮のいらない人材らしい。
「昨日の電話で察したと思うけど、突然一人辞めたんだ」
システム管理部のある四階で、ご丁寧にボタンを押して先に貢を降ろしてくれた彼に振り向いて言う。
「使える人材ならスパルタにするけど平気?」
リアクションによって仕事の量を決めよう。そんな貢の思惑に気づいた訳ではないだろうが、そこで彼の口角が上がる。純粋な好青年かと思っていたが、そうではないと知らしめるような、意味ありげな微笑み。
「光栄です。どんどん仕事を振ってください。研修は資料を読めば充分ですから」
どうやらこっちが本性。それならやりやすい。
「じゃあ遠慮なく今日から実務に入ってもらう。マニュアルでこの会社のタブーだけ把握しておいて。それと、棚橋部長は実務にはノータッチだから」
「それも把握済みです」
頼りになる。そこにいちいち引っ掛からない性格も貢好みだ。
「始業後すぐコール部に行ってもらう。静脈認証の設定方法を教えるから一度で覚えて」
「はい」
そんな感じで、海原との関係はスタートした。
ここ、逆井保険(株)は医療保険会社だ。相互会社ではなく株式会社で営利目的でやっているが、利益を出すには顧客満足度を上げなければならないという方針の下、そこそこ評価を得ている大手だ。申込受付は基本的に電話と郵送のみで、窓口相談は行わないタイプ。コール部には二課あって、普通の申込や契約内容変更受付の他に、契約者の健康相談まで引き受けている。相談に乗りながら、保険のオプション追加を勧めることが目的だが、雑談程度でも話を聞いてくれるダイヤルはこの会社の売りになっているのだ。
そんな会社の本店、システム管理部には何故か社員が三人しかいない。部長の棚橋に実務ができないから、実質二人で回している。コール部の受電システムは丸々外注とはいえ、この五階建てビルのシステム全てを見なければならないシス管は激務中の激務なのだ。実務ができない引け目なのか、棚橋が漸く社員を一人増やしてくれたが、海原が来たところで内田が辞めてしまった。増員はコール部優先と言われる会社だから、またしばらくシス管の社員は増えないだろう。そこは諦めるしかない。
深夜に内田からそんなラインが届いた。貢と性格が似ている彼は、一つの場を去るときに人間関係をリセットする癖まで同じだった。読んでくれるかどうか分からないが、『お疲れ。一緒に働けてよかった』と返しておく。
『仕事の引継ぎ、ごめん。新人の研修も頼む』
すぐブロックすると言ったのに、もう一度言葉が返ってきて、それで充分だった。
『心配するな。ゆっくりしろ』
その言葉を最後にブロックされたらしい。これでいい。彼のことはよく知っているから恨むことはない。それより明日からどう仕事を回していくかだ。どう悩もうとタスクを熟さなければならない。幸い、新しく来た海原はシゴデキだ。言い方は悪いが、上手く彼を使って乗り越えよう。そうと決めたら寝る。感情より先にどうすればいいかを考える。そんな性格を親に嫌われたものだが、自分はそんな効率のいい性格を気に入っている。自分で自分を認めてやらなければやっていられない。そう思ううちに眠りに落ちる。
翌朝、いつもより三十分早く出勤すれば、何故かエレベーターで海原と会った。
「おはようございます」
「おはよう。早いな」
「昨日忙しそうだったので、早く来れば何か手伝えることがあるかもしれないと思って」
いい奴だ。相変わらずのイケメンぶりを見ながら思う。資料整理や掃除ではなく貢の仕事を手伝うつもりでいる。自分に自信がないと言えない台詞だ。
「嫌じゃなければ答えて。前職何?」
二人きりのエレベーターで彼がボタンを押してくれたから、奥に立って聞いてみる。
「金融関係の会社のSEです」
「銀行?」
聞けばメガバンクの一つが返ってきた。行員ではなく、傘下のシステム会社の社員だったというが、その会社がATMから顧客管理システムまで担当しているのだから最高難度だ。給料もここよりいい筈だが、何故辞めてしまったのだろう。それは深入りしすぎかと自重する。とにかく仕事に関して遠慮のいらない人材らしい。
「昨日の電話で察したと思うけど、突然一人辞めたんだ」
システム管理部のある四階で、ご丁寧にボタンを押して先に貢を降ろしてくれた彼に振り向いて言う。
「使える人材ならスパルタにするけど平気?」
リアクションによって仕事の量を決めよう。そんな貢の思惑に気づいた訳ではないだろうが、そこで彼の口角が上がる。純粋な好青年かと思っていたが、そうではないと知らしめるような、意味ありげな微笑み。
「光栄です。どんどん仕事を振ってください。研修は資料を読めば充分ですから」
どうやらこっちが本性。それならやりやすい。
「じゃあ遠慮なく今日から実務に入ってもらう。マニュアルでこの会社のタブーだけ把握しておいて。それと、棚橋部長は実務にはノータッチだから」
「それも把握済みです」
頼りになる。そこにいちいち引っ掛からない性格も貢好みだ。
「始業後すぐコール部に行ってもらう。静脈認証の設定方法を教えるから一度で覚えて」
「はい」
そんな感じで、海原との関係はスタートした。
ここ、逆井保険(株)は医療保険会社だ。相互会社ではなく株式会社で営利目的でやっているが、利益を出すには顧客満足度を上げなければならないという方針の下、そこそこ評価を得ている大手だ。申込受付は基本的に電話と郵送のみで、窓口相談は行わないタイプ。コール部には二課あって、普通の申込や契約内容変更受付の他に、契約者の健康相談まで引き受けている。相談に乗りながら、保険のオプション追加を勧めることが目的だが、雑談程度でも話を聞いてくれるダイヤルはこの会社の売りになっているのだ。
そんな会社の本店、システム管理部には何故か社員が三人しかいない。部長の棚橋に実務ができないから、実質二人で回している。コール部の受電システムは丸々外注とはいえ、この五階建てビルのシステム全てを見なければならないシス管は激務中の激務なのだ。実務ができない引け目なのか、棚橋が漸く社員を一人増やしてくれたが、海原が来たところで内田が辞めてしまった。増員はコール部優先と言われる会社だから、またしばらくシス管の社員は増えないだろう。そこは諦めるしかない。