シリアルラブ
感動的なシーンというやつなのかもしれない。だが生憎貢は一時の感動に惑わされるような人間ではない。
「送ります。乗ってください」
「いい」
ここで彼の厚意に甘えても、週明けまた海原と真中の姿を見ることに変わりないじゃないかと思った。
「真中くんとのことを疑っているなら誤解です。俺は彼に特別な気持ちなんてない」
「じゃあ、自覚前なんだろう。お前は彼に惚れている」
「俺が好きなのは宝木さんです」
台風の中で何をしているのだろう。電車は運休。タクシー乗り場も行列。だから徒歩で帰っていたのに、これじゃいつまで経っても家に辿り着かない。
「悪い。雨が降る前に帰りたい」
「待って」
「離せ!」
ああ、珍しく声を上げてしまった。そんなことは人生最後になるかもしれない。貢にとって不要な感情。それが面倒だから恋などしたくなかったのに、うっかり矜持を曲げてしまって、案の定酷い目に遭っている。肩を掴む手を離してくれないから、一つ息を吐いて向き直る。
「悪かったことを全部話してほしい。全部直しますから」
「無理だな」
だって彼はあの奇妙な男に惚れているのだ。貢には分かる。ずっと彼を見てきたから。
「俺に疑われるようなことをした時点で終わりなんだよ。一ヵ月よく持った方だ。あとは真中と幸せになればいい」
「俺は」
「じゃあな」
面倒になって、乱暴に手を振り払って歩き出した。どうせ週明け職場で会わなければならないが、とにかく今日帰れば二日会わなくていい。二日でメンタルを保つ術を考えよう。そこで鞄に下げているチャームが光る。
「え……」
光るのを見るのは二度目。遠い記憶を思い出したとき、同じことがしたくなる。
パラレルワールド。並行世界。その、ここではない世界の過去に戻ることができる。当時理解できなかったことも今なら分かる。今の自分は、どんな世界に戻りたい? 考えるうちに、あの時と同じ真っ暗闇に飛んでいる。中心に青い炎が浮かんで、その下から無数の白い道が伸びる、夜空のような世界。
無数にあった道が少しずつ消えていく。長く悩んでいれば消えてしまう。どんな世界なら傷つかなくていい? 貢を苛めた保育士が消えたとき、嬉しさの他に恐怖があった。人が消えるのは後味が悪い。ではどうすればいいか。
「海原さんと真中くんが初めから恋人の世界へ」
目の前の道が薄れていくのに焦って、そんなことを言った。だが考えてみれば悪くない。貢が海原の恋人で、あとから来た真中に奪われることが苦しかった。それなら初めから二人が恋人同士の世界に行けばいい。
あれだと分かった道に進もうとして、そこで炎が大きくなった。思い出した。幼い頃も自分はこの炎に腕を焼かれた。そう分かっても怖くない。前は左腕だったから、今度は右腕を炎の下に差し出す。
「……っ」
衣服は燃えていないのに、確かに腕を焼かれる痛みがあった。だが恐怖も後悔もない。何か願うときには相応の対価が必要。勲章だ。右腕に左と同じ火傷を作って、いっそ清々しい気持ちで歩いていく。
「激務で幸せな世界に戻ればいい」
気持ちが軽くなったところで意識が途切れた。
「送ります。乗ってください」
「いい」
ここで彼の厚意に甘えても、週明けまた海原と真中の姿を見ることに変わりないじゃないかと思った。
「真中くんとのことを疑っているなら誤解です。俺は彼に特別な気持ちなんてない」
「じゃあ、自覚前なんだろう。お前は彼に惚れている」
「俺が好きなのは宝木さんです」
台風の中で何をしているのだろう。電車は運休。タクシー乗り場も行列。だから徒歩で帰っていたのに、これじゃいつまで経っても家に辿り着かない。
「悪い。雨が降る前に帰りたい」
「待って」
「離せ!」
ああ、珍しく声を上げてしまった。そんなことは人生最後になるかもしれない。貢にとって不要な感情。それが面倒だから恋などしたくなかったのに、うっかり矜持を曲げてしまって、案の定酷い目に遭っている。肩を掴む手を離してくれないから、一つ息を吐いて向き直る。
「悪かったことを全部話してほしい。全部直しますから」
「無理だな」
だって彼はあの奇妙な男に惚れているのだ。貢には分かる。ずっと彼を見てきたから。
「俺に疑われるようなことをした時点で終わりなんだよ。一ヵ月よく持った方だ。あとは真中と幸せになればいい」
「俺は」
「じゃあな」
面倒になって、乱暴に手を振り払って歩き出した。どうせ週明け職場で会わなければならないが、とにかく今日帰れば二日会わなくていい。二日でメンタルを保つ術を考えよう。そこで鞄に下げているチャームが光る。
「え……」
光るのを見るのは二度目。遠い記憶を思い出したとき、同じことがしたくなる。
パラレルワールド。並行世界。その、ここではない世界の過去に戻ることができる。当時理解できなかったことも今なら分かる。今の自分は、どんな世界に戻りたい? 考えるうちに、あの時と同じ真っ暗闇に飛んでいる。中心に青い炎が浮かんで、その下から無数の白い道が伸びる、夜空のような世界。
無数にあった道が少しずつ消えていく。長く悩んでいれば消えてしまう。どんな世界なら傷つかなくていい? 貢を苛めた保育士が消えたとき、嬉しさの他に恐怖があった。人が消えるのは後味が悪い。ではどうすればいいか。
「海原さんと真中くんが初めから恋人の世界へ」
目の前の道が薄れていくのに焦って、そんなことを言った。だが考えてみれば悪くない。貢が海原の恋人で、あとから来た真中に奪われることが苦しかった。それなら初めから二人が恋人同士の世界に行けばいい。
あれだと分かった道に進もうとして、そこで炎が大きくなった。思い出した。幼い頃も自分はこの炎に腕を焼かれた。そう分かっても怖くない。前は左腕だったから、今度は右腕を炎の下に差し出す。
「……っ」
衣服は燃えていないのに、確かに腕を焼かれる痛みがあった。だが恐怖も後悔もない。何か願うときには相応の対価が必要。勲章だ。右腕に左と同じ火傷を作って、いっそ清々しい気持ちで歩いていく。
「激務で幸せな世界に戻ればいい」
気持ちが軽くなったところで意識が途切れた。