シリアルラブ

 握られていた手をそっと外して、左腕のシャツを捲る。
「違う世界に飛んできたと分かった日に気づいた。こんな火傷をした記憶はないのに、ついていた。新しく来た世界の自分が過去に負ったものなのか、それとも違う世界に飛んだ代償なのか分からないけど、とにかく大人になっても消えない」
「だからついた理由が分からないと言ったんですね」
「だな。これが幼少期に経験したことが夢じゃないって証拠」
 シャツを戻して一つ息を吐く。
「俺はそんな面倒なものを抱えている。逃げるなら今のうちだぞ」
「いいえ」
 テーブルに戻した手をまた握られる。
「なんにせよ、今この世界で俺と出会ったってことじゃないですか。この世界の他に沢山の世界があると言うなら、尚更今の宝木さんとの関係を大事にしたい」
 強がり、という感じはなかった。おかしな話を聞いても動じない。その前に、貢なんかを好きだというのがおかしな話。多分、そんな物好きは他にいない。
「……分かった」
「いいんですか?」
「断られると思っていたのか?」
「最終的に恋人になってもらうつもりでしたけど、三回は断られるかなと」
 どれだけチャレンジするつもりだったんだよと笑ってしまう。
「面倒だから今日恋人になってやる。けど俺は恋人関係を上手くやる方法なんて知らないし、明日別れると言われても怒るなよ」
「怒りはしないけど、それは困るな」
 そろそろ離してくれるかと思った手を強く握り直される。
「そんなことを言われたら、明日が怖くて帰したくなくなる」
 ピンとくる。どうやらマズいことを言ってしまったらしい。
「一度でダメなら引き下がります。今日ここに泊りませんか?」
「着替えがないから泊りはしない。けど、やりたいと言うなら付き合う」
「完敗」
 色気がなさすぎるが、わざわざ色気を作るのも違う気がした。だからこれでいい。人と関わるのが苦手な貢だが、その手の欲がない訳じゃない。海原のような男が欲しいと言ってくれるなら、こっちも試してみたい。性格と性欲は連動しない。人間とは厄介な生き物だ。
「やることをやって帰るから、夜まで待たなくていいぞ。このまま抱くか?」
 ギリギリまで酷い言い方をしてみるが、彼が不機嫌になることはない。
「では、どうぞこちらへ」
 気を抜けば見惚れてしまいそうな微笑みで、リビングに繋がるドアの向こうに案内された。思った通りの寝室。入った途端に腕を引かれて、それまでの態度が嘘のように性急にベッドに押し倒される。
「余裕な顔をしていますが、実は余裕ないんで」
 手首を掴んで真上から見下ろされる。
「じゃあ、余裕な顔なんてしなければいいんじゃないか」
「ああ、もう、そういうとこ好きすぎる」
「……!」
 冷たい言い方のどこにそそられたのか、スイッチが入った彼に唇を奪われる。すぐに舌が侵入してきて、久しぶりの感覚に戸惑う。ずっと忙しくて、その手のバーで相手を探す夜遊びからも離れていた。最後はいつだったか。もう相手の顔すら覚えていない。
「ん……っ」
 舌で突かれるようにされて意識が現実に返った。
「考えごとですか? 酷いな」
「ああ、悪い。過去の夜遊びのことを……」
 喉元に噛みつかれて言葉が途切れる。
「そういうことは恋人の前で言わないものですよ。ついでに、最中に他のことを考えるのもルール違反」
 耳元で妖しく言われて身体が震える。と思ったら、肩を掴まれてまた唇を奪われた。さっきより荒々しいのは、怒らせてしまったから。反省して彼だけを感じていれば、キスだけで昂っていく。
「身体、見てもいいですか?」
 問いながら、既にボタンを二つ外されていた。余裕がないというのは本当らしい。遮光カーテンは趣味ではないのか、オフホワイトのカーテンから陽の光が差し込んでいる。五月の強い日差し。灯りを点けるより明るい中で肌を晒すのは気恥ずかしい。だがここまで来れば今更だ。衣服を着たままというのも逆に恥ずかしい。
「好きにしろ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……っと、その前に俺も」
 一度身体を離した彼がシャツを脱ぎ去る。思った以上にいい身体。同じ男でも見惚れてしまう。
「鍛えているのか?」
「毎日何かしらやっています。積み重ねが大事ですので」
 激務続きでよくそんなことができるものだ。泊まり込みがあった前職でも、執務室で鍛えていそうだ。って、ブラック企業の想像など、こんなときにするものではない。
「何笑っているんですか?」
「いや、俺らムードがないなと思って」
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