シリアルラブ

「分かった」
 お手並み拝見。貢のような変わり者がいいと言うなら、どこまで付き合えるか試してみよう。
「ただし一つ怖い話がある」
 それでやはりやめたいと言うならそれまでだ。だが貢の本音は、どうか聞いても気持ちを変えないでくれと思っている。
「今から話すことを聞いても俺がいいと言うなら付き合ってやる。酷い話だから、やめておくこともできるけど、どうする?」
「ぜひ聞かせてください」
 ここまでは予想通り。
「俺は自分の傍から人を一人消したことがある」
 流石にそれには驚いたらしく、彼が言葉を失う。だがすぐに口角を上げて応じてきた。
「詳しく聞かせてください」
「後悔するなよ」
「もちろん」
 ずっと親にも言えなかった秘密。誰かに話すのは初めてだが、さて、どうなるか。
「この間の保育園の話の続きだ」
 気持ちを鎮めて記憶の糸を手繰り寄せる。
 貢を押入れに閉じ込めた保育士がお咎めなしになり、得永がクビになった。彼女にクローバー型のチャームを貰った。その話には続きがあって、貢は暗い夜空のような空間に飛んでいった。目の前に青い炎が浮いていて、その下から細い道が無数に伸びている。白い道の行先が見えなくて途方に暮れていれば、頭の中に得永の声がする。
『大丈夫。貢くんが選んだ道を行けば、望む世界に行けるから』
 その声に怖いという気持ちは消える。頭の中の霧が晴れたような気がして、直感で道を一つ選ぶ。進むことに躊躇いはない。この道を行けば、この一週間で経験した理不尽を払う世界に行ける。そう信じて歩いていく。遠くに小さな光が見えて、あれが出口だと思う。光が強くなる。まるで光の方が向かってくるみたいに感じて、思わず目の前に手を翳す。
「……!」
 全身が凶器みたいな光に包まれて、意識が途切れた。
 気がつけば朝の保育園にいた。
「では先生、今日もよろしくお願いします」
 貢を保育士に預けるのは得永ではない女性。前にいた世界でも会ったことがある。そうだ、辞める得永の代わりにやってきた近藤という女性だ。ん? 前にいた世界? 自分は一体、前にどこにいたのだろう。
「貢くん、どうしたの? 暑いから早く教室に入って」
 その声に顔を上げて驚いた。教室は前と同じ場所。けれど目の前にいるのは以前の担任ではない。
「ふみえ先生は?」
 本当は口に出すのも嫌な彼女のことを聞けば、目の前の女性が首を傾げる。
「ふみえ先生? そんな人ここにはいないわよ。先生の名前はかおりでしょう?」
 さ、みんなもいるから教室に入ろうと手を伸ばされて、恐る恐るその手を掴んだ。
「鞄をしまって待っていてね」
 そう言って別の子を迎えに出る彼女は、貢に嫌なことを言ったりしない。
 あの保育士がいない世界に飛んできたのだと思った。実感して、ドキドキと鼓動が速くなる。
「今日、何日?」
 子どもなりにそれに気づいて、先生の席にあるデジタルカレンダーを見に行った。七月二二日。貢が押入れに閉じ込められた日の一ヵ月前。それなら何故得永がいないのだろう。
 朝の会の間中考えて思った。これがパラレルワールドなのだ。一つの部分が違う世界に行きたいと思っても、他の部分まで変わってしまう。それでも多分、自分の希望に一番近い世界に来ることができた。
 チャームをくれた得永はきっと大丈夫だ。彼女も理想の世界に飛べるなら、今度は狡い保育士や、貢の母親のような人間がいない世界に行ければいい。貢を苛めた保育士はどうだろう? 貢の代わりに別の子を苛める? そうだ。その子が強ければいい。その子の両親がいい人たちなら、きっと警察に通報してくれる。五歳児の知識でそんなことを思う。
 この世界に飛んだとき、得永も一緒にいられますようにと願えなかったことは失敗だった。だが彼女もきっと望む世界に行っている。だからせっかく移動できた世界を精一杯生きよう。そう思ったのだ。
「信じられない話だろ?」
「はい。でも宝木さんが言うなら事実なんでしょうね」
 聞き終わったあとの反応が淡々としていて助かった。
「ああ。これ、前も見ただろ?」
 プライベート用の小さな鞄に、今日もぶら下がるクローバーのチャーム。
「ほとんど無意識につけかえてしまうんだ。いつも俺の傍にあって、どんなに雑に扱っても壊れないし、失くそうと思っても失くならない」
「なるほど。意外なものを下げているなと思いましたけど、そういう訳でしたか」
「そう。それともう一つ」
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