シリアルラブ

「……」
 相変わらず人を困らせるのが得意な男だ。
「それなら悪いことをした」
「まさか。土曜日は楽しかったなとか、次はどこに行こうかなと考えていたら眠れなくなっただけですから。眠れないならデートスポットの検索でもしようかって」
「部長のお陰でタスクが追加されたんだ。今日は寝ておかないと持たないぞ」
 困ったときの棚橋頼みだ。仕事以外では非常に役に立つ。
「はい。よく寝てよく働きますから、またデートしましょう」
「忙しいから無理だな」
「忙しいときこそ出掛けないと。仕事にプライベートが侵されるって、そんな理不尽はありませんよ」
「退職した会社の夢を見て寝ぼけていた男がよく言う」
「先程は大変失礼しました」
 格好悪いところを見せたくらいで大人しくなるようなタイプではない。だいぶ彼のことも分かってきた。寝ぼけついでにキスまでしたと言ったら流石に慌てるだろうか。それとも開き直る? なんだか貢の方が困る展開になりそうだからやめておく。
「またあのカレー屋なら付き合ってやる」
 電車の中でも他愛のない話をして、彼が降りる前に唐突に言いたくなって言った。途端に彼の目が輝く。
「ぜひ。宝木さんも今度は二種のカレーセットにしてください」
「ご飯じゃなくナンにするのもいいな」
「マンゴーラッシーも」
「マンゴーは嫌いだ」
「じゃあ、マサラティー」
「そこは無難に烏龍茶だな」
 ドアが閉まる直前まで話して、手を振って彼が降りていく。自分がこんな風に会話できるなんて信じられない。
「忙しいときこそ出掛ける、か」
 自分はまたプライベートで彼と会うことになるだろう。そしてまた彼に惹かれる。多分逃れられない。それを嫌だと思っていない自分がおかしかった。


 やると決まったことはやらなければならない。うっすら自覚し始めた気持ちに構っていられないほど仕事は忙しかった。本店も新システム使用開始は六月一日に合わせる。そう決めて役席に説明しているところで、社員が保存ミスで旧システムを破損させる。いい機会だから新システムを使ってしまおうとは言えないから直すしかない。あと半月しか使わないものを直す作業は地味にメンタルを削る。だが直さなければ事務部の作業ができない。残業時間が伸びることに不満を言う時間すら惜しい。
 支部の役席も厄介だった。海原が調整してくれた日時でリモート研修をしたものの、年齢高めの役席三名から支部に来てほしいと声が上がった。リモートでも現場でも説明することは同じなのだが、それで納得しないから頭が痛い。支部に知り合いの多い棚橋に行ってもらいたいところだが、相変わらず現場の仕事は分からないと開き直るから、結局貢が行くことになった。四月に来たばかりの海原を行かせる訳にはいかない。
「四時には戻るから」
「はい。すみません、直帰にしてあげられなくて」
「何言ってるんだ。こっちこそ、ここを一人で任せて悪いな」
「いえ。気をつけて」
 昼前に出て、効率よく三支部回って戻る。社の車を使えるのは営業部と秘書課だけだから、シス管は電車移動。時間のロスが痛いが、タクシー代を出してくれる部長ではないから仕方ない。
 三支部とも似たような理解力の役席に初歩の初歩から説明して、駅までの移動は走って時間短縮して本店に帰ってきた。ここから残業を含めて四時間の業務。だが海原も頑張っいるから文句は言えない。
「お帰りなさい」
「呼び出し、どうだった?」
「三件ですね。思ったより少なかったです」
「よかった。これお土産」
 棚橋をほぼ無視で話して、途中のコンビニで買ってきた飴とビタミングミを差し出す。
「ありがとうございます。ちょうど糖分が欲しかったんです」
「それ全部やる」
 対人スキルゼロの自分が、いつのまにこんなことができるようになったのだろう。身の危険を感じるほどの激務は、人間のどこかしらを成長させるらしい。おかしなことに感心しながら仕事に戻って、一日二日と過ぎていく。
 忙しい日々の中、仕事の合間の雑談も、残業後に二人で帰ることも当たり前になっていた。時間が惜しくて二人でデスクで弁当も食べる。他人と食事をするのが嫌だと言っていた自分を遠く感じる。
 絶望的な仕事も地道にやれば減っていくもので、二週間後の土曜には仕事抜きで時間を作ることができた。流石に外に食べに行くのはしんどいから、海原の家でのんびり昼食にしようということになる。
 好きな飲み物だけ買ってきてくださいと言われたから、デリバリーで食事を用意してくれるのかと思ったが、行ってみて驚いた。
「まさか作ったのか?」
 事前に貰った地図通りに向かった部屋で、出来上がったばかりのカレーを披露される。
「宝木さん、この間行ったカレー屋さんが気に入ったと言っていたでしょう? だから再現してみました。チキンカレーのみで悪いですけど」
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