シリアルラブ

「……ああ。すまん」
 無表情の反撃は怖いのだろう。彼が大人しくデスクに戻る。
「じゃあ、間をとって二週間ということで」
 が、続いた言葉に、もうこれ以上相手にするのはやめようと思った。二週間ならそれでいい。日付が変わるまで残業してやるから、もう俺に話しかけるな。そんな気持ちでカタカタとキーボードを叩き始めれば、二人の間の空気を海原が遮断してくれる。
「これ以上訳の分からないことを言うと、通報機関に通報しますよ」
 先程の怒りはコントロール済みらしい。貢を庇うように立つ彼が、ごく穏やかな声音で告げる。顔を上げれば、横顔は綺麗に微笑んでいるが目が笑っていない。
「この会社も、外部の弁護士事務所を社員の通報窓口にしているみたいですね。システムのことが何も分からないのに部長席に座っていると言ったら、外部の人間は驚くでしょうね」
「やめろって。外部通報はすぐに本店長に報告される」
「いいじゃないですか」
 冗談めかして誤魔化そうとする棚橋に、海原が目を細める。
「部下に仕事を任せて定時に帰っていることもバラしてしまいましょうか。そうだ。内田さんが辞めたとき、彼の様子を見に行くと言って行かなかったことも。あの日どこに行っていたんですか? もしかしてスロット……」
「ああ、もう、分かったよ!」
 何故お前がキレるんだと、心で突っ込んでしまう。
「五月末まで。それでいいんだろ」
「はい。それと今後、俺たちに何も言わずに勝手な仕事を引き受けないと約束してください。部長はノータッチなんですから」
「分かった。分かったから」
 綺麗に笑いながら希望を通す彼に驚かされた。勝手な約束をしない。当たり前のことだが、ずっと正せずに耐えてきたことを正してくれた。それも、然程空気を悪くせずやってのけた。貢には到底できない。
「宝木さん、手伝います。まず何をすればいいですか?」
「じゃあ、改定後のマニュアル作成を。悪いな。また忙しくなるけど」
「平気です。一週間なんて馬鹿みたいな期限じゃありませんから。同僚が宝木さんじゃなきゃカオスでしたけど、二人ならやれます」
「頼もしいな」
 無表情は同じでも、頬に赤みが差すのを自覚していた。二人ならやれます。そんな台詞が嬉しい。自分にもそんな単純な感情があったらしい。貢の方こそ海原が同僚でよかった。耐えて熟すしかないと思ってきた仕事を交渉して調整するスキル。自分にないものを持つ人間は魅力的だ。
「あ、呼び出し。俺行ってきます」
「頼む」
 貢より先に内線に応じて二階に向かってくれる。その背を見つめながら、いい男だと改めて思う。
 大きなトラブルもなく通常業務を終え、いつものように十分だけ残業した棚橋が帰ってから、授受システムの修正に入ることになった。
「支部の役席に纏めて使い方を説明するって、リモートとはいえ時間が合いますかね」
「合わせてもらうしかないな。俺らも何度も説明する時間はないし」
「ですね。とりあえずマニュアルの修正が終わったら各支部に送っておきます」
「ああ。悪いけど、電子版の他に紙版も送っておいてくれ。支部便で。役席は電子版を嫌がるから」
「だと思いました」
 彼が苦笑する。なんだか役席に振り回されてばかりだが、会社員なのだから仕方ない。
「今週金曜までに修正版を完成させて、チェックして支部便に乗せられるといいな」
「ですね。それだと来週明けから見てもらえる。デモ版で説明をして、不具合を直して、六月一日から使用開始」
 支部便の運転手が来るのは午後一時。チェックがあるから実質木曜までに作成作業を終えなければならない。これは九時まで残業コースだ。
「支部の研修の日時の調整は頼んでもいいか? 色々な人間とやりとりして希望を上手く纏めるって、苦手の極みで」
 どう考えても彼の方が適任だと思って、素直に頼む。
「もちろん。俺そういうの得意ですから」
「助かる。支部の在籍表を送る」
「はい。あ、今来ました。なんだ、支部便が行き来するのは七支部なんですね。これなら余裕」
 心強い台詞だ。貢と海原ならパソコン内のやりとりで話が済むから早い。
「俺はしばらく有休の予定もないから、海原さんが調整した日なら研修はいつでもいい。ついでに昼間の仕事もいくつか貰おうか」
「いえ、それは平気です。メールでの日程調整はそんなに手間でもありませんから」
「そうか?」
「はい。支部の人間に勝手なんて言わせず、俺らの都合のいい日時で押し切りましょう。いつがいいですか?」
「午後の方が呼び出しが少ないから午後がいいな。日にちは来週ならいつでもいい」
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