シリアルラブ
怒りではなく呆れという感じで海原が呟く。
「一応正当に仕事の評価はしてくれるから、きっといい上司なんだよ。デスクでパンを食べても怒らないし」
「そう言うのを麻痺って言うんですよ。デスクで食事をしなければいけないのも、部下の労働環境を護れない上司のせいでしょう?」
「そんな規模の大きなことを言っていても目の前のシステムはでき上がらないから。とりあえず仕上げてから考えよう」
「大人ですね」
「まぁな」
否定せずに受け取って、ついでに差し入れの紅茶を持ち上げる。
「これ、どうも」
「いえ。俺も買ってみましたけど、意外においしかったです」
「意外にって、紅茶は普通に旨いだろ」
「烏龍茶派だったので」
「健康的だな。イケメンなのに」
「なんですか、そのイケメンは不健康みたいな言い方は」
「……イケメンは否定しないんだな」
小声でやり合いながら、お互い結構なスピードでキーを打っている。内田のときのように黙って仕事をするのもよかったが、こんな風に、時々話しながらやるのも悪くない。脳が刺激されて効率がよくなる感じ。意外な発見だ。
残業時間中は呼び出される頻度がぐっと減るから、その日の予定はスムーズに終わった。その日の空気のまま、翌日の休日出勤へと流れていく。
「静かですね。四階は俺らしかいない」
「だな。二階のコール部は出勤しているけど、三階の食堂も使えないし」
「朝、入口迷わなかったか?」
「ちょっと迷って、警備室の人に案直してもらいました」
素直に言う彼は、今日はTシャツにラフなシャツを合わせていた。休日出勤の日は平日のようにきちんとしたスーツやシャツでなくていいのだ。貢も似たような格好をしているが、身長と顔の作りの違いで彼がやたら眩しく見える。普段割としっかり押さえている癖毛も、今日は無造作で、それがまた整った顔立ちを引きたてるのだから、もう嫉妬の感情さえ湧かない。
「シャツとネクタイ以外も似合うんですね、宝木さん」
なのに彼は貢の方を褒める。
「別に普通だろ?」
「そんなことないですよ。それ、いいとこのブランドでしょう?」
「死ぬほど働いているから、衣服に金でもかけないと、使い道がないからな」
「まぁ、そうですけど、とにかくよく似合っています」
顔を向けなくても、彼がこちらに向かって微笑んでいるのが分かる。見たら眩しさで目をやられてしまいそうだから見ないでおく。だって彼は妖怪高性能イケメンなのだ。
「修正分のマニュアル大丈夫そうか?」
仕事の話なら滑らかにできるから話を変える。
「はい。送付用は完成していて、受取用もあと少しです」
「助かる」
流石妖怪。ここに来てまだ三週間も経っていないとは思えない働きぶりだ。
「午後は俺がシステムのチェックをしますから、宝木さんは俺のマニュアルのチェックをお願いします」
「ああ。役席たちに舐められないように、誤字一句までチェックしてやる」
「それは怖いですって」
そうこうするうちにお昼になって彼が席を立つ。
「約束のお弁当買ってきます。嫌いな食べ物は?」
「特にない。待って、金を」
鞄から財布を取り出そうとして手のひらで止められた。
「今日は俺が勝手に決めたことなので払わせてください。そのうち二人でご飯に行けるようになったらご馳走してもらいますから」
「いや、それならどっちも」
「じゃあ、五分で戻りますね。近くにあるお弁当屋さん、休日もしっかり営業しているんです」
そう言って、貢の話は聞かずに駆けていく。
「営業しているんですって、調べたのかよ」
まだここに来て日が浅い。休日出勤は初めてだというのに、今日のために調べたのだろうか。今日のために、というか貢のために。彼の気遣いは、高すぎる対人スキルを持つ者の常識だと思っていた。いや、思おうとしていた。それか、自分と正反対の先輩を哀れに思ってのことかと。だがそろそろおかしいと思い始める。貢に親切すぎではないか? 見返りを期待できる相手でもないのに。まさか、好かれている? それは絶対にない。好かれるようなことをした覚えはない。というより貢は男だ。馬鹿な想像はやめようと思ったところで彼が戻ってくる。本当に五分で戻ってきた。
「二つとも和風弁当にしました。違うものにして好きな方を選んでもらうのもいいかなって思ったけど、宝木さんとお揃いのものを食べたかったので」
「一応正当に仕事の評価はしてくれるから、きっといい上司なんだよ。デスクでパンを食べても怒らないし」
「そう言うのを麻痺って言うんですよ。デスクで食事をしなければいけないのも、部下の労働環境を護れない上司のせいでしょう?」
「そんな規模の大きなことを言っていても目の前のシステムはでき上がらないから。とりあえず仕上げてから考えよう」
「大人ですね」
「まぁな」
否定せずに受け取って、ついでに差し入れの紅茶を持ち上げる。
「これ、どうも」
「いえ。俺も買ってみましたけど、意外においしかったです」
「意外にって、紅茶は普通に旨いだろ」
「烏龍茶派だったので」
「健康的だな。イケメンなのに」
「なんですか、そのイケメンは不健康みたいな言い方は」
「……イケメンは否定しないんだな」
小声でやり合いながら、お互い結構なスピードでキーを打っている。内田のときのように黙って仕事をするのもよかったが、こんな風に、時々話しながらやるのも悪くない。脳が刺激されて効率がよくなる感じ。意外な発見だ。
残業時間中は呼び出される頻度がぐっと減るから、その日の予定はスムーズに終わった。その日の空気のまま、翌日の休日出勤へと流れていく。
「静かですね。四階は俺らしかいない」
「だな。二階のコール部は出勤しているけど、三階の食堂も使えないし」
「朝、入口迷わなかったか?」
「ちょっと迷って、警備室の人に案直してもらいました」
素直に言う彼は、今日はTシャツにラフなシャツを合わせていた。休日出勤の日は平日のようにきちんとしたスーツやシャツでなくていいのだ。貢も似たような格好をしているが、身長と顔の作りの違いで彼がやたら眩しく見える。普段割としっかり押さえている癖毛も、今日は無造作で、それがまた整った顔立ちを引きたてるのだから、もう嫉妬の感情さえ湧かない。
「シャツとネクタイ以外も似合うんですね、宝木さん」
なのに彼は貢の方を褒める。
「別に普通だろ?」
「そんなことないですよ。それ、いいとこのブランドでしょう?」
「死ぬほど働いているから、衣服に金でもかけないと、使い道がないからな」
「まぁ、そうですけど、とにかくよく似合っています」
顔を向けなくても、彼がこちらに向かって微笑んでいるのが分かる。見たら眩しさで目をやられてしまいそうだから見ないでおく。だって彼は妖怪高性能イケメンなのだ。
「修正分のマニュアル大丈夫そうか?」
仕事の話なら滑らかにできるから話を変える。
「はい。送付用は完成していて、受取用もあと少しです」
「助かる」
流石妖怪。ここに来てまだ三週間も経っていないとは思えない働きぶりだ。
「午後は俺がシステムのチェックをしますから、宝木さんは俺のマニュアルのチェックをお願いします」
「ああ。役席たちに舐められないように、誤字一句までチェックしてやる」
「それは怖いですって」
そうこうするうちにお昼になって彼が席を立つ。
「約束のお弁当買ってきます。嫌いな食べ物は?」
「特にない。待って、金を」
鞄から財布を取り出そうとして手のひらで止められた。
「今日は俺が勝手に決めたことなので払わせてください。そのうち二人でご飯に行けるようになったらご馳走してもらいますから」
「いや、それならどっちも」
「じゃあ、五分で戻りますね。近くにあるお弁当屋さん、休日もしっかり営業しているんです」
そう言って、貢の話は聞かずに駆けていく。
「営業しているんですって、調べたのかよ」
まだここに来て日が浅い。休日出勤は初めてだというのに、今日のために調べたのだろうか。今日のために、というか貢のために。彼の気遣いは、高すぎる対人スキルを持つ者の常識だと思っていた。いや、思おうとしていた。それか、自分と正反対の先輩を哀れに思ってのことかと。だがそろそろおかしいと思い始める。貢に親切すぎではないか? 見返りを期待できる相手でもないのに。まさか、好かれている? それは絶対にない。好かれるようなことをした覚えはない。というより貢は男だ。馬鹿な想像はやめようと思ったところで彼が戻ってくる。本当に五分で戻ってきた。
「二つとも和風弁当にしました。違うものにして好きな方を選んでもらうのもいいかなって思ったけど、宝木さんとお揃いのものを食べたかったので」