シリアルラブ
海原と連絡先は交換した。だがそれがどうしたというほど忙しい日々が待っていた。四月に入ったコール部の新人は二人とも機械が苦手らしく、毎日のようにどちらかがエラーを起こして貢たちを呼び出す。事務部のスキャンマシンも不機嫌続きで紙詰まりを繰り返した。スムーズにスキャンできたと思ったら一部のデータが転送されておらず、該当のデータを探す作業まで発生する。廃棄箱から書類を出して一件一件画面と照らし合わせる。それはもうシス管の仕事ではないような気がするが、どこでどんな理由でデータ転送できなかったかを知っておけば、メンテに役立つから仕方ない。仕方ないが事務部の呼び出しで二時間のロスは痛い。ただでさえ通常業務の合間に授受システムを作っている。その授受システムも次から次へとタスクを生んだ。一応デモ版を完成させて、海原が作ったマニュアルと共に各部の役席に披露したが、彼らが容赦ない。名前を打っただけで様がつくようにしろだの、日時は自動的に出るようにしてほしいだの遠慮なく言ってくれる。この書類は五種類あるからプルダウンで選択できるようにしてくれと言われて、流石に、備考欄に手入力でいいだろうがと思った。だが仕方ない。この会社の人間はみなシス管を人間だと思っていない。
結局、できるだけ努力するが、できない部分は各部で工夫して使ってくれということで落ち着いた。こんなんで五月使用開始に間に合うだろうか。役席でこれなら、普通の社員が一斉に使い始めたらカオスだ。使い方が分かりませんと何十回も呼び出されるに決まっている。せめてそれを回避できるものを作っておきたい。彼らのためではなく、自分が過労死しないために。
「疲れた」
午前中に三度呼び出されたから、昼はデスクを離れる気にならずに、十分だけのつもりで突っ伏した。九時までの残業が続けば疲労も溜まる。たった一時間の違いでも、八時と九時ではダメージが違う。大丈夫。ちゃんとできる。期日までに全ての仕事を終えられる。だが疲れるものは疲れるのだ。疲れれば感情省エネモードになって、ここ数日棚橋には必要最小限の言葉と表情しか返していない。彼にはそれで充分だろう。元々、これだけ忙しいのは彼のせいでもあるのだ。
「……ん」
頭の前で何か動いた気がして顔を上げれば、そこにいつかと同じ紅茶が置かれている。
「すみません。起こしてしまいました」
「いや、大丈夫。伏せていただけ」
昼に出た彼がまた紅茶を買ってきてくれた。もしかして疲労困憊に見えてしまっただろうが。だとしたら正しておきたい。疲れてはいるが限界ではない。だって優秀な後輩がいるのだ。心でグダグダ言うのは、ガス抜きのようなもの。
「仮眠室で寝てきます?」
「いい。半端に寝ると却って辛い」
「でも、それじゃ……」
「明日は朝の電車が空いているだろうから、いつもよりゆっくりの出勤でいい。そう思えば今日は乗り越えられる」
寝坊できても十分程だが、混んでない電車で出勤できると思えば気持ちも楽だ。休日出勤で気持ちが楽というのもおかしな話だが。
「明日、ほんとにいいのか? 義務じゃないから俺に付き合う必要はないぞ」
「義務じゃなくても、出勤しないと終わりませんからね。せめて授受システムの使用開始を五月第三週にしてくれるとありがたいんですけど。ねぇ、部長」
嫌味という風でもなく、海原が前のデスクの棚橋に話を向ける。
「他の部署の都合があるんだ。なんとか頑張ってくれ」
「シス管の都合はガン無視かって話ですよ」
「まぁ、お前らは優秀だから」
「明日出勤しないつもりなら、授受システムが定着したところでぱーっと奢ってくださいよ。店に連れていかなくても、今はスマホでフードデリバリーのクーポンを贈ることもできますからね」
嫌な感じにはならないのに、海原は言いたいことは言う。抵抗は無駄だと諦めて言いなりになるタイプの貢も、彼のスタンスは心地よかった。デリバリーのクーポンというのは、人と食事に行けない貢への気遣いだろう。瞬時に細かなところまで配慮できるのだから、彼の対人スキルは想像以上。まぁ、棚橋はクーポンすらくれないだろうが。
「じゃあ、明日の休日出勤頑張ってくれ。頑張ればいいことあるから」
そう完全な他人事で言って、棚橋は五時十分に帰っていった。
「お前がシス管の部長じゃないのかよ」
結局、できるだけ努力するが、できない部分は各部で工夫して使ってくれということで落ち着いた。こんなんで五月使用開始に間に合うだろうか。役席でこれなら、普通の社員が一斉に使い始めたらカオスだ。使い方が分かりませんと何十回も呼び出されるに決まっている。せめてそれを回避できるものを作っておきたい。彼らのためではなく、自分が過労死しないために。
「疲れた」
午前中に三度呼び出されたから、昼はデスクを離れる気にならずに、十分だけのつもりで突っ伏した。九時までの残業が続けば疲労も溜まる。たった一時間の違いでも、八時と九時ではダメージが違う。大丈夫。ちゃんとできる。期日までに全ての仕事を終えられる。だが疲れるものは疲れるのだ。疲れれば感情省エネモードになって、ここ数日棚橋には必要最小限の言葉と表情しか返していない。彼にはそれで充分だろう。元々、これだけ忙しいのは彼のせいでもあるのだ。
「……ん」
頭の前で何か動いた気がして顔を上げれば、そこにいつかと同じ紅茶が置かれている。
「すみません。起こしてしまいました」
「いや、大丈夫。伏せていただけ」
昼に出た彼がまた紅茶を買ってきてくれた。もしかして疲労困憊に見えてしまっただろうが。だとしたら正しておきたい。疲れてはいるが限界ではない。だって優秀な後輩がいるのだ。心でグダグダ言うのは、ガス抜きのようなもの。
「仮眠室で寝てきます?」
「いい。半端に寝ると却って辛い」
「でも、それじゃ……」
「明日は朝の電車が空いているだろうから、いつもよりゆっくりの出勤でいい。そう思えば今日は乗り越えられる」
寝坊できても十分程だが、混んでない電車で出勤できると思えば気持ちも楽だ。休日出勤で気持ちが楽というのもおかしな話だが。
「明日、ほんとにいいのか? 義務じゃないから俺に付き合う必要はないぞ」
「義務じゃなくても、出勤しないと終わりませんからね。せめて授受システムの使用開始を五月第三週にしてくれるとありがたいんですけど。ねぇ、部長」
嫌味という風でもなく、海原が前のデスクの棚橋に話を向ける。
「他の部署の都合があるんだ。なんとか頑張ってくれ」
「シス管の都合はガン無視かって話ですよ」
「まぁ、お前らは優秀だから」
「明日出勤しないつもりなら、授受システムが定着したところでぱーっと奢ってくださいよ。店に連れていかなくても、今はスマホでフードデリバリーのクーポンを贈ることもできますからね」
嫌な感じにはならないのに、海原は言いたいことは言う。抵抗は無駄だと諦めて言いなりになるタイプの貢も、彼のスタンスは心地よかった。デリバリーのクーポンというのは、人と食事に行けない貢への気遣いだろう。瞬時に細かなところまで配慮できるのだから、彼の対人スキルは想像以上。まぁ、棚橋はクーポンすらくれないだろうが。
「じゃあ、明日の休日出勤頑張ってくれ。頑張ればいいことあるから」
そう完全な他人事で言って、棚橋は五時十分に帰っていった。
「お前がシス管の部長じゃないのかよ」