恋愛メンタルマネジメント

 王子は立成を処分をするのは僕ではないと言った。では誰か、翌日知ることになる。
「色々検討した結果クビ」
 そう告げたのは熊田だった。
「は? あんたは人事課の課長じゃないだろう?」
 流石に予想していなかったのか、熊田にあんたと言ってしまっている。だがそんな奇人に動じず、熊田はいつもの人のいい熊のキャラクターの笑顔で続ける。
「人事課じゃなくても、直属の上司は人事権があるんだよ。会社の規定で宣告されてから一ヵ月はいていいことになっているけど、いたくないだろ? キリよく九月末で辞めることをお勧めする」
 笑っているが今日の熊田は容赦ない。
「いいのか? 俺は役員の親戚……」
「うん、大丈夫。社長と副社長と常務に話をつけてきたから」
「どうして」
「どうしてって、真面目に働いている人間の話は聞いてくれるものなんだよ。冥賀が詳細に作った報告書のお陰で、お前みたいなのを斡旋した親戚とやらも処分されるみたいだけど」
 熊田の意外な一面に驚くが、庇う理由は一つもないので仕事をしながら聞いている。コールの仕事が落ち着いたので、一足早く自分のデスクに戻って、十月の研修の準備にかかっているのだ。
「どうしても自主退職扱いがいいと言うなら、恩田に頭を下げて謝ったら考えるけど、どうする?」
「そんなこと、する訳ないだろ」
 そう言って必要な物だけを手にして奇人は去っていった。熊田のお情けで自主退職扱いになるかもしれないが、それでも退職は退職だ。もう奇人と会うことはないと思れば心が軽い。だってどこまでも嫌な奴だった。過去のトラウマから酷い態度を取っているということもなく、実は恩田に惚れているというオチもなく、ただ嫌な奴だった。申し訳ないが清々する。
「でも一応先輩だったので、彼の根性を叩き直すくらいの器が理想だったんでしょうか」
 色々あったので二人とも一時間の残業をして帰る道すがら、ちょっと気になって聞いてみた。
「人にも会社にも我慢の限界というものがあるから。彼については熊田さんの判断でよかったと思うよ」
 人事課課長代理の彼に言われれば安堵する。
「まぁ、初めから正規ルートの入社じゃなかったから気にすることはないよ。彼ならどこででも元気に生きていくだろうし」
「それは確かに」
 願わくは次の職場では少し大人になってくれるといい。好き勝手すればしっぺ返しが来るのだと知って、態度を改めてくれるといい。そう思う。
「そうだ。コールスタッフはお咎めなしになったみたいですね」
「うん。立成さんに命令されていただけのようなものだし、僕の情報を報告していただけだからね」
 世間話の盗み聞きをしただけということで、江左の厳重注意で済んだという。次に同じことをしたら処分という条件付きだが、今回のことに懲りてもう二度としないだろう。またスタッフが減らなくて一安心だ。
「十月のお休みに旅行に行こう。今度は二人で宿を決めよう。お詫びの意味も込めてどんな宿でも奢るから」
「いえ、宿泊費を出してもらう訳には」
「ううん。だって、僕は『そんな男くれてやる』と言われて振られた身だから、また好きになってもらえるように努力しないと」
「その話はしないでください」
 足元を見ながら小さく応えれば、隣で王子がふふと笑う。
「ごめん、ごめん。大丈夫。快が僕を大好きって、ちゃんと分っているから」
「大好きって……」
「違う?」
「……違いません」
 ああ、やはり敵わないなと思う。彼はどこまでも綺麗で、今日も王子だ。心の広い王子は、宣言通りキレた恩田を変わらず好きでいてくれる。五年ルール通りキレたが、計算でなく声を荒げて反撃してしまったのはこれまでと違った。それは王子が好きという気持ちが強かったから。王子との恋路を邪魔されて許せなかったから。密かにそう思っている。
「嬉しいな。じゃあ、よかったら今夜は僕の家で絵日記を書いてくれたら嬉しい」
「ぜひ」
 今日は王子と恋に落ちた人間の絵日記を書こう。一足先に小旅行をするお話も楽しいかもしれない。それはもう日記ではないけれど、恩田と王子の現実を幸せなものにしてくれるのだからそれでいい。
「好きだよ、快」
「……はい」
 外はまだまだ暑いけれど、そんなことを気にする暇もない恋の気持ち。これからもっと彼を知って、もっと知られて、意外な面を見せあって、それでもずっと好きでいられたらいい。
 遠くで薄っすらとオレンジに染まる空を眺めて、一つ試練を越えた恋を愛おしく思いながら、二人並んで帰っていくのだった。

✽end✽
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