恋愛メンタルマネジメント

 連休明けはどう考えても奇人が出勤していない時間に出勤して、細々とした作業を片付けた。彼と会いませんようにと祈りながら、必要な資料を持ってコール部門に下りていく。奇人はもちろんだが、今は王子にも会いたくなかった。連休中はラインを無視し続けた。初めは読んでいたが、恩田を気遣うような言葉が苦しくて、途中から読んでもいない。思い通りにならない恋人にいじける子どものようで情けないが、とにかく色々ありすぎて疲れているのだ。
「おはよう。今日は七月メンバーのフォローを頼めるかな」
 奇人のことや教育担当課の不穏が気にならない筈はないのに、何も聞かずにさらりと言ってくれる江左がありがたかった。異動の話はないと言われたばかりだが、自分はこのままここに居座ってしまいそうだ。そうなれば奇人の思う壺。沈んだ気持ちでパソコンとコールマスターを立ち上げる。
「……!」
 だが筆記用具を取り出そうと開けたデスクで、目にしたものに驚いた。いつのまにここに来ていたのか、そこに正方形の付箋が貼りつけてある。
『業後、ディナーに行こう』
 万一誰かに見られたときのために名前はない。だが王子の字だ。恩田が未読無視を貫くからアナログできたのだ。
「……ディナーか」
 王子らしい素敵な言い方だなと思った。その素敵な王子と恋人になれて夢のようだったのに、何故こんなおかしなことになっているのだ。もしかしたら、ようではなく夢だったのかもしれない。そうこうするうちに受電開始時刻になって、忙しく動き回ることになる。
『二十時まで残業するので無理そうです』
 一日迷って、結局定時を過ぎたところでそう返した。意地悪ではない。定時ギリギリでないと遅番のフォローが必要かどうか分からないのだ。恩田さんがよければ残ってほしい。そう頼まれて付き合うことにした。だから不可抗力。そう思って遅番の受電に入ろうとするが、どうしても気になって席を立つ。
「ごめん。五分だけ休憩を貰うね」
「休憩なら十五休でいいよ。ゆっくりしてきて」
 自分も忙しく動き回る江左に言われて、ありがたく退室させてもらう。業後ということは王子は定時だろう。それならエントランスで会えるかもしれない。今の状況云々は言えなくても、本当に忙しくて残業要請をされたことだけでも伝えられたらいい。五分待って会えなければラインを打とう。そう思ってエレベーターを待つのももどかしく階段でエントランスに下りていく。やはり王子が好きだ。ここで終わりにしたくない。勝手だと分かっていながら、そんな想いに突き動かされる。だが膨らんだ想いは一瞬でぺしゃんこになった。
 広い自動ドアの前に彼を見つけて駆け寄ろうとして、そこに奇人が現れたから。距離があるから何を言ったのかは分からない。だが話しかけられた王子は拒むことなく、奇人と並んでビルを出ていく。
 ああ、そうかと思った。恩田が行けないと言ったから、代わりに奇人とディナーに行くのだ。連休中に恩田が嫌な態度を取ったから嫌いになったのだ。王子は王子だが、課長代理でもある。最年少課長代理だ。できる男は物事を切り捨てるのも早い。恩田を切り捨てたところで奇人に迫られて、応じることにしたのだ。いや、もうずっと前から奇人に惹かれていたのかもしれない。性格は悪いが、奇人の見た目は一級品だ。
 意地のようにまた階段で二階に戻って、さっさとデスクに着いてしまった。遅番の時間帯は人数が少ないのに仕事終わりの会社員から電話が入るから忙しい。フォローよりも受電が必要だろう。そう思って受け可にしてしまう。待ち呼が出ていたらしく、コールマスターがすぐに着信を告げた。
「お電話ありがとうございます。栗原企画でございます」
 接客に入れば気持ちがしゃんとして、プライベートのぐだぐだを忘れることができる。このまま八時まで忙しく電話が入ってくれればいい。そんな、口にすればスタッフに睨まれそうなことを思いながら仕事を続ける。
 恩田の思いが通じた訳ではないだろうが、七時過ぎまで電話が入りっぱなしで、切っては取るを繰り返した。漸く一段落して、オペレーターがぱらぱらと休憩に向かう。
「江左さん、休憩に行ってなくない? 俺が見ておくからちょっと休んできたら?」
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