恋愛メンタルマネジメント

 月曜から恩田はコール部門のヘルプに入ることになった。八月入社メンバーが三人減ってしまったから、既に実務に入っている七月メンバーをこれ以上落とさないように、傍にいてフォローする。人事課のある四階ではなく二階で過ごすことになるが不満はなかった。王子とは一日中会えないだろうが、職場で会えなくても恋人同士だ。業後に電話することも会いに行くこともできる。そう気持ちを強くする。
 カードローンのコールセンターは膨大な知識が必要とされる。一度に研修をするのはハードだから、一つの分野を完璧にしてデビューさせて、その分野で慣れたところで次の研修をするという形を取っている。七月メンバーが最初に実務に入ったのは延滞を知らせる架電と、そのコールバックを受けること。失念していただけの顧客には延滞金をプラスした返済額と返済方法を案内する。自動音声で振り分けられて電話が入ってくるから、大抵はスクリプト通り案内すればいい。恩田は返済不能や払いたくないとごねる顧客対応のフォローに回る。普通はSVに回せばいいのだが、研修でSVが減っているから恩田もエスカレを受ける。受電は苦手ではないが、デビューしたてのメンバーのフォローをしながら顧客対応をするのは神経を使う。忙しいのもあって昼食もバランスバーで凌ぐ日々を過ごして、久しぶりに食堂で休めたのが水曜だった。王子に会えるかと思ったが、生憎時間が合わなかったらしい。それなら手早く食べ終えて、休憩中に一度四階の自分のデスクに戻ろう。伝達事項があるかもしれないし、熊田がいれば経過報告もしておきたい。だが四階でエレベーターを降りたところで見たくないものを見てしまう。
「どうして……」
 仲よく並んで歩く王子と奇人の後ろ姿。王子がIDカードで執務室の扉を開ける直前、奇人がその腕に腕を絡める。王子は振り払わない。どう見てもただの上司部下の距離ではない。
「……っ」
 デスクのチェックを放って、乗ってきたエレベーターで二階に戻ってしまった。今自分の課に戻れば、悪態をつく奇人に何倍にも言い返してしまいそうだ。そうすれば更に立場が悪くなる。
 大丈夫。王子は嘘を吐くような人じゃない。きっと奇人が強引で断れなかったのだ。そう自分に言い聞かせて午後の仕事に入ってしまう。だが奇人は容赦ない。三時前に流石にデスクのチェックに行かなければと向かって、そこに珍しく一人で仕事をしている彼がいた。
「あれ? もう戻ってこないんじゃなかったですか?」
 相変わらず嫌なことを言うが、これくらいどうってことない。
「九月はコール部門にいるけど、そのあとは戻るからよろしく。またすぐ十月メンバーが入るから忙しくなるよ」
 デスクに置かれた伝言メモをチェックしながら大人の対応で返す。心做しかデスクの上が乱れているのは心の表れだろうか。それなら正さなければと整えていれば、そこに芝居がかった声が飛ぶ。
「あれ? 聞いていないんですか?」
「何を?」
「十月から俺が教育担当課の主任になって、恩田さんはコール部門に異動だそうですよ」
「……なんの話?」
 流石に手を止めて顔を向けずにいられなかった。
「言葉そのままですよ。熊田さんが、恩田は主体性がないからここよりコールの方がいいだろうって。役員に言ったらトントン拍子に決まったみたいで」
 嘘だとすぐに分かった。本人が全く聞いていないなんてありえない。だが嘘にしても随分と質が悪い。
「そう。コールはコールで楽しそうだな。そうなったら熊さんをよろしく」
 相手にしないことにしようと思った。メンタルコントロールも仕事のうち。一度二階に戻って頭を冷やそう。奇人が帰ったあと熊田と話ができれば気持ちも落ち着く。
「じゃあ、熊さんが戻るまで一人で頑張って」
「ねぇ」
 だが奇人の攻撃はやまない。
「冥賀さんに聞いた?」
「……何を?」
 名前を出されて聞かずにいられる相手ではなかった。
「俺のことが気になって仕方ないって。恋人にしたいなって」
「嘘だ」
 乗れば負けと分かっていて、それでも返してしまえば、彼が満足げに口角を上げる。
「嘘じゃないよ。昨日も今日も一緒にランチに行ったから。家に行きたいって言ったら、それもいいよって」
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