恋愛メンタルマネジメント

 相変わらず恩田の話が彼に響くことはない。だが言わなければならない。
「密室で女性と二人きりの状況は、あなたにも不利になるかもしれなかった。もし襲われたと言われたらどうするつもりだったんですか」
 そうならないために、面談はマニュアルと事前報告義務があるのだ。一通り説明した筈だが、初めから聞く気がなかったのだろう。
「俺は何も怖くない。理不尽なことを言われてもなんとかしてもらえる」
 親戚の役員にということだ。本当に厄介な男を入社させてくれたものだ。このまま役員室に乗り込んでやりたいところだが、恩田まで罪になれば解決できるものもできなくなる。
「とにかく休憩に行ってきてください。悪いけど熊田さんには報告させてもらいます」
 休憩を取らせてもらえなかったと言われるリスクを避けるために言った。
「昼行灯に何ができる。あの男もあんたも馬鹿だ。コールの契約社員を庇ってなんになる」
「言葉が過ぎる。撤回してください」
 流石に語気を強めてしまったところでドアが開いた。
「こんな場所で二人で何をしているの」
 王子だった。
「人事部の二人が言い争っているなんて、僕も無関係ではいられないから。続けたいなら熊田さんも交えた話し合いになるけど、どうする?」
 両成敗のようなことを言いながら、さりげなく恩田を背中に庇ってくれる。
「そんな面倒なことする訳ないだろ」
 王子の前で派手なことはできない奇人が、不貞腐れたように言って出口に向かう。
「SMSの件、俺は許すつもりはないから」
 優位なのは自分だと宣言して去っていった。
「平気? 殴られたりしていない?」
「はい。大丈夫です」
 王子の存在に救われるが、どこまでも頭が痛かった。沢田に酷いことを言った彼を、これ以上導入研修に参加させられない。それは別業務を頼んで熊田に傍にいてもらえばいいが、スタッフたちの間で悪い噂が広まるのをどう防げばいいか。それに、これからもSNSの粗探しを続けるようなら、嫌になった社員がごっそり退職してしまう可能性がある。そんなことになればコールの役席に申し訳ない。
「とりあえずご飯にしようか。食べないと判断能力が落ちるから」
 詳しく聞かずに言ってくれるのがありがたかった。聡い彼だから、おおよそのことは察しているのだろう。
「一緒に食堂に行こう。ちょっと話そう」
 一人なれば食事どころではなくなる恩田を見抜いた台詞だった。
「いいですね。食堂なら、いつものお礼に俺が冥賀さんの分まで……」
「快」
 元気にしていなければという義務感に突き動かされた台詞を、抱き寄せて封じられる。
「大丈夫。僕が護るし、ちゃんと解決するから」
 言われて、耐え切れず彼の胸に顔を寄せてしまった。髪を撫でられれば、胸に溜まってたやりきれない思いが消えていく。彼が来てくれてよかった。お陰で黒い気持ちに負けずに済みそうだ。
「すみません。上司に失礼なことを」
 すぐに仕事モードに戻れば、彼が面白そうに口角を上げた。
「もう少し甘えていてもいいんだけどね、恩田さん」
「誰かに見られれば、それこそまずいことになりますから」
「残念」
 そう言ってもう一度髪を撫でた彼と会議室を出る。考えることは山積みでも、味方がいると思うことで救われた。大丈夫。一つずつ解決していけばいい。そう思いながら早回しで食事を済ませた昼の時間。
 早めにデスクに戻って熊田に報告を済ませたところに奇人が帰ってきた。とにかく彼を導入研修に連れていくのは中止。熊田の隣で仕事をしてもらおう。そう話がついていたから、一人研修室に向かおうとする。だが殊勝に仕事をしているフリをしながら、彼が素早く恩田のパソコンを指した。なんだと思いながらモニターを見れば、そこに新着の社内メール。差出人が奇人と分かった時点で読まずに消去してしまいたいが、そうもいかない。
『冥賀さん、いい男だね。あの人が好きなの?』
 ポーカーフェイスで読んだ文字と、奇人の素知らぬ顔に、とてつもなく嫌な予感がした。
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