恋愛メンタルマネジメント
初日の月曜は問題なかった。研修室の後ろで見学している奇人も大人しくて、ここひと月で稀に見る平和な日だと思ったのだ。新人たちが小声で「あの人格好いい」と噂しているから気をよくしたのかもしれない。若い女性に褒められて喜ぶなんて、奇人も人間だったのだと微笑ましく思っていた。
が、奇人は奇人だった。
翌日の昼、恩田や熊田の許可も取らずに、彼が新人スタッフを一人呼び出した。
「恩田さん、すみません。沢田さんが立成さんに呼び出されて二十分も戻ってこなくて」
午前の研修を終えてデスクで書類作業をしていたところにやってきたのは、呼び出された沢田と同じ年齢の佐藤というスタッフだ。仲よくなったメンバーの不穏な様子に、心配になって報告に来たという。
「……立成さん?」
その名前だけで嫌な予感がする。
「どこにいるか分かる?」
「研修室の隣の会議室に」
「分かった。じゃあ、終わったら佐藤さんのところに行くように言っておくよ。食堂でいい?」
なんとなく彼女には見せない方がいいと思ったからそう言った。席を取って待っていると言う彼女に了解と頷いて会議室に向かう。
「立成さん、いる? 入るよ」
自分は一応主任だし、会議室で見られて困ることもないだろうと思ったから、返事を待たずにドアを開けた。ちらりと顔を向ける彼の手にはスマートフォン。パイプ椅子に座って向き合う沢田が弱々しく俯いている。多分叱責していたのだろう。
「新人さんの休憩時間を奪うのは規則違反だよ。そもそも俺にも熊田さんにも報告しないで何をしているの」
流石に厳しく言いながら近づけば、そんなものは怖くないというように彼が笑った。
「この女が重大な違反行為をしていたんだ」
そう言って自身のスマホを見せてくる。
『今日から新しい仕事に通うことになりました。研修にはTさんという素敵な男性がいてテンションが上がる。頑張ります』
絵文字と一緒にアップされているのは、恐らく沢田のSNSだ。
「昨日SNSに情報を載せるなと言われたばかりでこんなことをするのは悪質だ。すぐにクビにした方がいい」
厳しい顔を作りながらどこか楽しむような様子の奇人に頭が痛くなる。そこで漸く意図が見えてくる。社員を駒のように動かす仕事がしたいと言っていた奇人が、その代わりにコールの新人をクビにして楽しもうと思っているのだ。
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「どうぞ。Tさんって、俺の名前まで乗せるとはいい度胸している。職場の写真まで載っているしな」
普段なら恩田にスマホを触らせたりしないだろうが、今は嬉々として差し出してくる。イニシャルがあるとはいえ、『素敵な男性』が自分で間違いないと言い切ってしまえる自信が凄い。そう思いながら、沢田が昨夜アップしたというページをチェックしていく。なるほど。本名を載せるタイプのSNSだから、奇人が見つけられたという訳だ。
「これくらい問題ないよ。立成さんの名前や顔写真がある訳じゃないし。写真は食堂のテーブルの写真だし、何も特定されない」
熊田の判断を仰ぐまでもなかった。恩田の責任でなんの問題もないと言い切れる。奇人の自己満足ので新人を一人辞めさせる訳にはいかない。
「沢田さん、付き合わせてごめんね。問題ないからお昼に行って。食堂で佐藤さんが待っているから。この書き込みも削除しなくていいからね」
そう言ってやれば彼女が安堵の表情を見せた。
「そんな女を野放しにするのかよ」
「あなたは教育担当課の社員です。言葉遣いに気をつけてください」
沢田を追おうとする彼を止めて、彼女に目顔で「早く行って」と告げる。
「午後の初めは十分くらい自習にするから、ゆっくりご飯にしてきて」
そう言ってやれば、彼女がぺこりと頭を下げて会議室を出ていった。そうなれば残るのは超絶不機嫌な奇人だけだ。
「あんた、馬鹿なのか? 昨日情報漏洩はダメだと自分の研修で言っただろ?」
「あれくらい情報漏洩とは言わない。己の権力を行使したいという欲のために勝手なことをしたあなたの方が重罪です」
新人スタッフに偉ぶるために、全員分のSNSをチェックして粗探しをしたのだろうかと思えば身体が震えた。意欲の方向が間違っている。
「あなたが社員の異動や入退職に関わる仕事がしたいという気持ちは聞きました。でも教育担当課に配属された以上、そこの仕事をするのがルールです。勝手に新人を呼び出したことで、メンバーの間でよくない噂が立つかもしれない。それで退職者が出れば面接をして採用まで担当したコールの社員の苦労が無駄になる。人事部としてそれはあってはならない」
「偉そうに」
が、奇人は奇人だった。
翌日の昼、恩田や熊田の許可も取らずに、彼が新人スタッフを一人呼び出した。
「恩田さん、すみません。沢田さんが立成さんに呼び出されて二十分も戻ってこなくて」
午前の研修を終えてデスクで書類作業をしていたところにやってきたのは、呼び出された沢田と同じ年齢の佐藤というスタッフだ。仲よくなったメンバーの不穏な様子に、心配になって報告に来たという。
「……立成さん?」
その名前だけで嫌な予感がする。
「どこにいるか分かる?」
「研修室の隣の会議室に」
「分かった。じゃあ、終わったら佐藤さんのところに行くように言っておくよ。食堂でいい?」
なんとなく彼女には見せない方がいいと思ったからそう言った。席を取って待っていると言う彼女に了解と頷いて会議室に向かう。
「立成さん、いる? 入るよ」
自分は一応主任だし、会議室で見られて困ることもないだろうと思ったから、返事を待たずにドアを開けた。ちらりと顔を向ける彼の手にはスマートフォン。パイプ椅子に座って向き合う沢田が弱々しく俯いている。多分叱責していたのだろう。
「新人さんの休憩時間を奪うのは規則違反だよ。そもそも俺にも熊田さんにも報告しないで何をしているの」
流石に厳しく言いながら近づけば、そんなものは怖くないというように彼が笑った。
「この女が重大な違反行為をしていたんだ」
そう言って自身のスマホを見せてくる。
『今日から新しい仕事に通うことになりました。研修にはTさんという素敵な男性がいてテンションが上がる。頑張ります』
絵文字と一緒にアップされているのは、恐らく沢田のSNSだ。
「昨日SNSに情報を載せるなと言われたばかりでこんなことをするのは悪質だ。すぐにクビにした方がいい」
厳しい顔を作りながらどこか楽しむような様子の奇人に頭が痛くなる。そこで漸く意図が見えてくる。社員を駒のように動かす仕事がしたいと言っていた奇人が、その代わりにコールの新人をクビにして楽しもうと思っているのだ。
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「どうぞ。Tさんって、俺の名前まで乗せるとはいい度胸している。職場の写真まで載っているしな」
普段なら恩田にスマホを触らせたりしないだろうが、今は嬉々として差し出してくる。イニシャルがあるとはいえ、『素敵な男性』が自分で間違いないと言い切ってしまえる自信が凄い。そう思いながら、沢田が昨夜アップしたというページをチェックしていく。なるほど。本名を載せるタイプのSNSだから、奇人が見つけられたという訳だ。
「これくらい問題ないよ。立成さんの名前や顔写真がある訳じゃないし。写真は食堂のテーブルの写真だし、何も特定されない」
熊田の判断を仰ぐまでもなかった。恩田の責任でなんの問題もないと言い切れる。奇人の自己満足ので新人を一人辞めさせる訳にはいかない。
「沢田さん、付き合わせてごめんね。問題ないからお昼に行って。食堂で佐藤さんが待っているから。この書き込みも削除しなくていいからね」
そう言ってやれば彼女が安堵の表情を見せた。
「そんな女を野放しにするのかよ」
「あなたは教育担当課の社員です。言葉遣いに気をつけてください」
沢田を追おうとする彼を止めて、彼女に目顔で「早く行って」と告げる。
「午後の初めは十分くらい自習にするから、ゆっくりご飯にしてきて」
そう言ってやれば、彼女がぺこりと頭を下げて会議室を出ていった。そうなれば残るのは超絶不機嫌な奇人だけだ。
「あんた、馬鹿なのか? 昨日情報漏洩はダメだと自分の研修で言っただろ?」
「あれくらい情報漏洩とは言わない。己の権力を行使したいという欲のために勝手なことをしたあなたの方が重罪です」
新人スタッフに偉ぶるために、全員分のSNSをチェックして粗探しをしたのだろうかと思えば身体が震えた。意欲の方向が間違っている。
「あなたが社員の異動や入退職に関わる仕事がしたいという気持ちは聞きました。でも教育担当課に配属された以上、そこの仕事をするのがルールです。勝手に新人を呼び出したことで、メンバーの間でよくない噂が立つかもしれない。それで退職者が出れば面接をして採用まで担当したコールの社員の苦労が無駄になる。人事部としてそれはあってはならない」
「偉そうに」