恋愛メンタルマネジメント
「コピー用紙運びなんて、俺を馬鹿にしてるのか?」
本日も奇人は不機嫌だ。
「人事部宛てに纏めて届くから人事課とうちに分けて運んでおくんだよ。その方が使いやすいでしょう?」
「やってられるか。てか、あんたのそういう言い方苛々する」
「そう。じゃあ、苛々に効くラムネをあげるよ。ちょうどコールの人から一袋貰ったんだ」
現代人のイライラに。そんなキャッチコピーが書かれた個包装を差し出すが、予想通り床に叩きつけられる。お菓子を床に叩きつけられるのが予想通りなんて、随分と感覚も麻痺したものだ。だが怒るほどでもない。
「個包装でよかったけど、食べ物は投げない方がいいよ。まぁ、ラムネは丈夫だからね」
そう言って拾い上げれば更に機嫌を損ねた奇人がコピー用紙を放置して去っていった。それも、倉庫からここまで運んでくれたのだからよかったと思うことができる。
「なんですか、あの態度」
たまたまそこにいたコールの江左という社員に見られてしまった。
「中途入社の人でしょう? 随分態度悪くないですか?」
「うん。悪いね。江左さんから貰った苛々防止のラムネが役に立ちそうだ。彼にはいらないと言われてしまったけど」
「……なんか恩田さん、いい人ぶりが悪化していません?」
「悪化は酷いな」
彼女に苦笑されて笑う。酷いと言いながらその言葉すら幸せだった。そう。幸せなのだ。奇人の暴挙に怒っている場合ではない。
王子と付き合い始めて三週間。デートもしたし仕事終わりに食事にも行った。もちろん仕事中は隠すが、二人で帰れる日は職場ビルを出た途端に恋人モードで甘やかしてくれる。男同士でじゃれていても、恋人だとピンとくる人間は少ないから、ビクビクする必要はない。そもそもうちの会社は社内恋愛歓迎。それが王子の持論だった。同性の恋愛まで歓迎されているかは謎だが、上司の彼が堂々とすると言うなら恩田も従うまでだ。
家に呼んでくれるだけでなく、彼は恩田に合鍵を預けてくれた。彼がいない間に勝手に入るようなことはしないが、それだけ信用してくれるのだと思えて嬉しい。もちろん電話もラインも好きなときにしていい。感激してしまえば、それが普通なんだよと笑われてしまった。そんな些細なやりとりが嬉しくて仕方ない。
二度彼の部屋にお泊りもした。彼はマニアックなことが好きな訳ではなく、とにかく相手が気持ちよくなることに興奮するらしい。これまで経験のない責め方もされるが、充分すぎるほど身体を気遣ってくれるから嫌だと思うことはない。寧ろ初めての快感がクセになってしまったらどうしよう。実際彼に抱かれる間は快楽を享受することで精一杯で、そんなことも考えられなくなるのだけれど。とにかくそんな意外な一面を見せてくれることも嬉しい。
こんなに幸せならやはり五年ルール通りにキレることはないだろう。だって奇人にも穏やかに接することができるのに、他にどうキレろというのだ。王子は例えキレても好きでい続けると言ってくれるが、そこは自信がない。嫌な面を晒して嫌われるのは嫌だから、このまま怒らない恩田さんを貫こう。そう思っているのだ。
「週明けからの新人、十人とも問題なく着任できそうです。また導入研修を任せてしまって申し訳ないですが」
江左の声に我に返る。彼女はコール部門のSVで、導入研修が終わったあとの実務研修を担当している。彼女の方も七月メンバーの研修を終えたばかりでまた新たなメンバーを教えることになる。
「この間のメンバーはまだ九人残っていますよ」
「あー、一人減っちゃったか。なかなか全員軌道に乗せるのは難しいね」
「まぁ、仕方ないですよ。これ以上減らないように頑張るだけです」
「俺も導入研修で落とさないように注意しないと」
江左は十歳以上年上だが、立場が似ているからこんな風に些細な愚痴を言い合うことができる。
「恩田さんなら心配ないでしょう。じゃあ、着任後に何かあれば連絡してください」
「了解。お互い頑張りましょう」
そう言って江左と別れてデスクに戻る。ざっと八月メンバーの経歴を確認してみるが、受電経験者が多くて七月メンバーよりやりやすそうだった。年齢も恩田より数歳上か年下ばかりで、それなら少しフランクな感じでいいかもしれないと思う。なんにせよ十人全員実務研修に進ませて、コールに長く勤めてもらおう。そう思っていたのに、トラブルというものはどうやってくるか分からない。
「──ご存じかと思いますが、業務上知り得た情報をSNS等にアップするのは禁止です。お客様情報はもちろん、当社のカードの些細なルールに至るまで、外部に漏らさないようお願いします」
本日も奇人は不機嫌だ。
「人事部宛てに纏めて届くから人事課とうちに分けて運んでおくんだよ。その方が使いやすいでしょう?」
「やってられるか。てか、あんたのそういう言い方苛々する」
「そう。じゃあ、苛々に効くラムネをあげるよ。ちょうどコールの人から一袋貰ったんだ」
現代人のイライラに。そんなキャッチコピーが書かれた個包装を差し出すが、予想通り床に叩きつけられる。お菓子を床に叩きつけられるのが予想通りなんて、随分と感覚も麻痺したものだ。だが怒るほどでもない。
「個包装でよかったけど、食べ物は投げない方がいいよ。まぁ、ラムネは丈夫だからね」
そう言って拾い上げれば更に機嫌を損ねた奇人がコピー用紙を放置して去っていった。それも、倉庫からここまで運んでくれたのだからよかったと思うことができる。
「なんですか、あの態度」
たまたまそこにいたコールの江左という社員に見られてしまった。
「中途入社の人でしょう? 随分態度悪くないですか?」
「うん。悪いね。江左さんから貰った苛々防止のラムネが役に立ちそうだ。彼にはいらないと言われてしまったけど」
「……なんか恩田さん、いい人ぶりが悪化していません?」
「悪化は酷いな」
彼女に苦笑されて笑う。酷いと言いながらその言葉すら幸せだった。そう。幸せなのだ。奇人の暴挙に怒っている場合ではない。
王子と付き合い始めて三週間。デートもしたし仕事終わりに食事にも行った。もちろん仕事中は隠すが、二人で帰れる日は職場ビルを出た途端に恋人モードで甘やかしてくれる。男同士でじゃれていても、恋人だとピンとくる人間は少ないから、ビクビクする必要はない。そもそもうちの会社は社内恋愛歓迎。それが王子の持論だった。同性の恋愛まで歓迎されているかは謎だが、上司の彼が堂々とすると言うなら恩田も従うまでだ。
家に呼んでくれるだけでなく、彼は恩田に合鍵を預けてくれた。彼がいない間に勝手に入るようなことはしないが、それだけ信用してくれるのだと思えて嬉しい。もちろん電話もラインも好きなときにしていい。感激してしまえば、それが普通なんだよと笑われてしまった。そんな些細なやりとりが嬉しくて仕方ない。
二度彼の部屋にお泊りもした。彼はマニアックなことが好きな訳ではなく、とにかく相手が気持ちよくなることに興奮するらしい。これまで経験のない責め方もされるが、充分すぎるほど身体を気遣ってくれるから嫌だと思うことはない。寧ろ初めての快感がクセになってしまったらどうしよう。実際彼に抱かれる間は快楽を享受することで精一杯で、そんなことも考えられなくなるのだけれど。とにかくそんな意外な一面を見せてくれることも嬉しい。
こんなに幸せならやはり五年ルール通りにキレることはないだろう。だって奇人にも穏やかに接することができるのに、他にどうキレろというのだ。王子は例えキレても好きでい続けると言ってくれるが、そこは自信がない。嫌な面を晒して嫌われるのは嫌だから、このまま怒らない恩田さんを貫こう。そう思っているのだ。
「週明けからの新人、十人とも問題なく着任できそうです。また導入研修を任せてしまって申し訳ないですが」
江左の声に我に返る。彼女はコール部門のSVで、導入研修が終わったあとの実務研修を担当している。彼女の方も七月メンバーの研修を終えたばかりでまた新たなメンバーを教えることになる。
「この間のメンバーはまだ九人残っていますよ」
「あー、一人減っちゃったか。なかなか全員軌道に乗せるのは難しいね」
「まぁ、仕方ないですよ。これ以上減らないように頑張るだけです」
「俺も導入研修で落とさないように注意しないと」
江左は十歳以上年上だが、立場が似ているからこんな風に些細な愚痴を言い合うことができる。
「恩田さんなら心配ないでしょう。じゃあ、着任後に何かあれば連絡してください」
「了解。お互い頑張りましょう」
そう言って江左と別れてデスクに戻る。ざっと八月メンバーの経歴を確認してみるが、受電経験者が多くて七月メンバーよりやりやすそうだった。年齢も恩田より数歳上か年下ばかりで、それなら少しフランクな感じでいいかもしれないと思う。なんにせよ十人全員実務研修に進ませて、コールに長く勤めてもらおう。そう思っていたのに、トラブルというものはどうやってくるか分からない。
「──ご存じかと思いますが、業務上知り得た情報をSNS等にアップするのは禁止です。お客様情報はもちろん、当社のカードの些細なルールに至るまで、外部に漏らさないようお願いします」