恋愛メンタルマネジメント

 相変わらず王子のような笑顔だ。と思うのは少々思考が乙女すぎるだろうか。だがそれほどいい男なのだ。コール部門と経理課の経験があって三四で人事課の課長代理に昇進。にも拘わらず他の社員が見て見ぬふりをする雑務もさりげなく片付けてくれる人格者。同じ人事部でも教育担当課と人事課では業務が全く違うが、執務スペースが隣だからついその姿を探してしまう。もちろんそんな行動は全否定されるだろうから、厳重に隠している。
「どう? 今期の十人は全員生き残りそう?」
「上手くいけば八人と見ています」
「それは優秀じゃない」
 教育担当課より人事課の方が地位が上だという、社内の悪しき感覚に惑わされることなく、王子は恩田にきちんと接してくれる。そんなところが好きだ。そう。実は密かに気になるどころではない。恋愛感情で惚れているのだ。
 切れ長の目に横顔も完璧な鼻梁。薄めだが冷たい印象のない唇。そしてブラウンではなくグレー系に色素の薄い瞳と髪色。さらりとした前髪を目に掛からないように分けているだけなのに、人目を引くほどサマになるのは整った顔立ちと一八〇を超える身長のせいだろう。一六六センチで成長が止まってしまった恩田には最早夢物語だ。
「俺、片付けておきますよ」
 彼が古いトナーを詰めた段ボールを手にする姿にハッとした。空のトナーは指定の場所に出しておく必要がある。流石にそこまでやらせるのは申し訳ないと思ったのだが、彼はまた綺麗に微笑んで首を振るだけだ。
「恩田さんがいつも雑務を片付けてくれるでしょう? ありがたいと思っているんだ。せめて僕が気づいたときだけでも頼りになる上司のフリをさせて」
「フリって」
 ああ、上手いなと思う。男性ばかりで新入社員もいない人事部では、なんとなく細々とした雑務は恩田がやる習慣になっていた。恩田は一応教育担当課の主任だし、人事課には恩田より若い社員もいるのだが、業務に精一杯で雑務に気が回る様子ではないのだ。
「問題児がいないメンバーのときに休んでおいた方がいいよ。後処理をして定時で帰りな。八月にはもう新メンバーが来るんでしょう?」
 人事課は社員の人事、教育担当課はコールの契約社員の管理。そう業務が分かれていて、過去にはあからさまに教育担当課を下に見る役席もいた。だが冥賀は絶対にそんなことをしない。どころか教育担当課の仕事も把握して手を貸してくれたりするのだから、惚れるなというのが無理な話だ。
「七月メンバーの動向次第では十月採用も考えるみたいです。できれば八月の次は年明けがいいんですけど」
「だね。とりあえず七月メンバーの健闘を祈る」
「ありがとうございます。じゃあ、備品で足りないものがあれば、纏めて発注しておきますので言ってください」
「助かる」
 そんな、上司と部下の関係を超えないギリギリの会話で済ませて、名残惜しさを滲ませないようにデスクに戻る。秘めなければならない片思いは厄介だ。気持ちがバレたところでゲームオーバー。王子が完全ノーマルなら気味悪がられて、普通に話すことすらできなくなる。そこが若い女性の恋とは違う。見た目も性格もいい彼のファンは沢山いる。格好いい。今日も姿が見られた。独身なんて信じられない。そんな風に楽しく噂話できる女性社員が羨ましい。だが変えられないものに落ち込んでいても仕方ない。課は違うが同じ部署にいる幸運を噛みしめて、今日のような偶然の会話を宝物にして過ごそう。それが叶わない恋心の落ち着き先だ。恋人になりたいなどとおこがましいことは言いません。けれど、できれば少しでも長く独身でいてくれないでしょうか。密かにそんなことを思いながら、課長の熊田に声をかける。
「研修終わりました。今期はなかなか優秀そうです」
 少しだけ盛った報告をしてやれば、人のいい熊のキャラクターみたいな彼が眉を下げて笑う。
「お疲れさん。導入研修で脱落者ゼロならお手柄だ。今期のメンバーからリーダーやSV候補が出てくるといいな」
「最終的にはCSVですね」
 熊田が更に盛ってくれた話に楽しく応じる。実際そんな風に出世していくスタッフはごく僅かだが、研修終わりの恩田にはありがたい言葉だ。恩田と二人体制の教育担当課で、共に働く上司が彼でよかった。人手不足ではあるが、人間関係に悩まなくていいのは贅沢なことだ。
「あ、そうだ」
 だがパソコンを立ち上げて報告書を書こうと思ったところで、本人公認で熊さんと呼んでいる彼が声を上げた。
「急だけど、来週金曜からうちに新メンバーが入るから」
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