恋愛メンタルマネジメント

 連絡先を送って何度かやりとりをして、翌週の土曜に王子と出掛けることになった。ランチの混雑のピークを過ぎた二時に待ち合わせをして、また彼と向き合うことになる。
「この間イタリアンだったから違うものをと思ったんだけど、和食は苦手じゃなかった?」
 大きなホテルをメインに、その周りに小さな街のようにレストランやショップが並ぶ一角で、王子が選んでくれたのは綺麗な手毬寿司を出す和食処だった。和食処と言いながら外観も内装も白で統一された洋そのもので、ガラスのテーブルに白いクロスが掛けられている。
「和洋中で一番和食が好きなので嬉しいです」
「それならよかった」
 王子は今日も王子で、女性が喜びそうな店で男二人でいることも気にならないらしい。デートと言われたがそれは言葉の綾というやつかもしれない。それならどんな顔で彼といればいいのだろう。王子語でデートには別の意味があるのだろうか。自分を好きかもしれないと、恐れ多い期待はしないでおこう。それが、全部誤解だったとき心を護ることになる。
「わ、凄い……」
 小難しく考えていたものが、料理が出てきたところで一度に散った。薄い木の箱に花が敷き詰められて、その上に乗せられたガラスに丸い寿司が七つ並んでいる。
「カンパニュラメリーベル。涼しげでいいね」
 王子語かと思ったが、どうやらガラスの下の花のことを言っているらしい。
「カンパニュラの花言葉は感謝、誠実。恩田さんにピッタリでしょう?」
 花言葉なんて全く知らないが、王子が言えば素敵だと思う。
「ふふ。偶然を装うつもりだったんだけど、実はこれを見せたくてネットで調べて予約したんだ。恩田さんはいつも誠実だし、僕は恩田さんに感謝しているから」
「えっと……」
 見たこともない料理も彼の台詞も、どれも現実感がなくてなんとか意味を掴もうと必死だった。なんだか口説かれているような気になるが勘違いはいけない。そうだ。近いうちに女性と来るための予習というのはどうだろう? 他の女性を使えば余計な噂が立ってしまうから恩田を選んだ。それなら納得がいく。彼が好きなのにそんな風にしか考えられないのは哀しいが、期待に胸躍らせて一度に落とされるのはきついのだ。それほど彼に参っている。そして彼が恩田をなんとも思っていなかったときのために、気持ちは絶対に隠さなければならない。それが片思いというものだ。
「食べようか。見た目だけじゃなくて味もいいから」
 勧められて口にすれば、口の中に上品な味が広がった。毬の上に乗っている赤カブの飾りまでおいしい。綺麗な毬を七つ食べるだけで恐れ多いのに、そのあと向日葵の種が乗った南瓜豆腐やイサキの柚庵焼きまで出てくるから、見ているだけで一年分の食事をした気分になった。色々と胸が一杯で、デザートの抹茶のパフェは辞退して、花びらが浮いた煎茶が運ばれてきたところで漸く一息つける。
「こんな食事に慣れているなんて、流石冥賀さんって感じです」
 素直に言えば、彼が目を細めて笑う。
「慣れているって程でもないよ。今日は恩田さんの前でいい格好をしたかっただけ。どうやら僕は王子らしいから」
「えっと。すみません。嫌でしたか?」
「まさか」
 慌てて聞けば王子そのものの微笑みで否定される。
「恩田さんにそう思ってもらえるのは光栄だよ。王子には素敵なイメージが多いからね」
 そう。あなたは素敵なのだ。とりあえず意図を誤解されなくてよかったと安堵する。
「それより五年ルールの二三歳の話を聞かせてもらっていいかな。社会人になった恩田さんがどんな風に怒ったのか聞いてみたい」
 邪気の欠片もなく問われて、頑なに拒否するのもどうかという気分になった。恩田の元恋人が男だと知ったところで、あからさまに態度を変えるようなこともないだろう。そう思って有りの侭を話すことにする。
「社会人になってから付き合った男性がいるんですけど」
 さらりと白状したが、やはり王子の態度は変わらなかった。
「七歳年上で、賢くていい会社に勤めていて、俺にはもったいないような人でした。見た目も、擦れ違った女性がみんな振り返るくらい素敵で」
 そんな男性と恋人になってしまった。恩田の自宅最寄り駅の前に高層マンションが建って、その一室をぽんと買った彼が越してきて、スーパーやコンビニで何度か会った。たったそれだけの偶然から恋人になったのは、彼の方がアプローチしてきたからだ。
「お前、顔はまぁまぁ綺麗だし、俺の周りにはいないタイプだから面白い」
 そんな、今聞いたら失礼な台詞に舞い上がったのだから、自分も随分と子どもだった。同性でもいいと言ってくれる人で、こんな素敵な人はもう二度と現れない。そんな思いもあって、彼の言葉には全て従った。俺の部屋はダメだけど、お前の部屋には行くから合鍵が欲しいと言われたことも、電話はダメでラインも九時以降はダメだというルールも、職場の人間に会うとまずいから外でデートはしないと言われたこともみな受け入れた。年上男性との恋愛なんてそんなものだと思ったのだ。
「うーん。ごめん。僕からすると酷い男に思えてしまうけど、それでも好きだったということだよね」
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