恋愛メンタルマネジメント
「じゃあ、どうして」
「それは謎解きにしようか。バケツで食べたいほど好きなんだよね」
王子に相応しいミステリアスな台詞だった。彼が言えば気障にも奇人にも聞こえないのが流石だ。奇人。その言葉は縁起が悪い。取り消しておこう。
「多分すぐに解けるよ。明日にでも」
そんな、いつもとは少し違う軽口が嬉しかった。明日人事課に行く用事なんてないし、合同会議をするような立場でもない。だが一瞬でも夢を見られたような幸せな気持ちになる。
「謎が解けたら今度は僕の話を聞いてね。じゃあ、また」
一階の企画営業部に顔を出すという彼と別れて、一人乗り込んだエレベーターでは百面相だった。困った顔をすればいいのか、素直に喜べばいいのか、謎解きに苦戦する顔をすればいいのか分からない。謎はともかく、今度は僕の話を聞いてと言った。少なくても二人で会うのが嫌ではない。そこは素直に喜んでおこう。
「戻りました」
エレベーターのミラーでいつもの顔を作ってデスクに戻れば、熊田の隣で奇人が一応静かに仕事をしていた。流石熊田だ。奇人でも自分の課に来た以上見捨てる気はないらしい。根気よく向き合っていけば、奇人も『ちょっとした変わり者』くらいに変わってくれるかもしれない。そう、苦手な彼に対しても希望が持てるのは王子の力だろう。
「締まらない顔をしてないで、さっさと仕事を始めたらいいのに」
相変わらず恩田に向ける言葉は鋭いが、怒るほどでもない。顔の前で「すまん」と詫びる仕種をする熊田に目顔でいいえと返して、ポケットにあったグミをこっそりデスクに移して、午後の仕事に入るのだった。
グミの謎はすぐに解けた。数ヵ月前の『じぶん絵日記』にグミ星人が描いてあったのだ。バケツ一杯食べたいと、ご丁寧にバケツの絵まで描いてある。息を吸うように描いているから、過去に何を描いたか覚えていないことが多いのだ。王子の前でバケツ云々と言う筈がないから、多分これで間違っていない。だが何故この日記が恩田のものだと分かったのだろう。ほぼ自己満足で、訪問者など日に一、二人だ。日記で正解だった場合、職場のことを職場の人間に分かるように書くのはコンプラ違反と言われるだろうか。
ぐるぐると考えながら、確かめる意味もあって昼に片付けたゴミ箱の絵を描いてアップする。ゴミ箱星人。小さく畳んで、綺麗に重ねて入れてくれないとすぐお腹一杯になってしまう。開き直ってメルヘンな日記を書いてみる。そのメルヘンが翌日王子を呼び寄せる。
「……冥賀さん、何をしているんですか」
お昼時間に少し遅れて休憩室に向かって、そこでゴミ箱の片付けをする王子と遭遇した。これはもう決定だ。王子は恩田の日記を見ている。
「恩田さんを見習って片づけをしようかと思って」
「俺が片づけをしているところなんて見ていないでしょう?」
「うん。実際は見ていないけど、絵日記で分かったから」
やはりビンゴだ。彼も種明かしを焦らす気はないらしい。
「流石恩田さん。見事に謎を解いてみせたね」
彼がゴミ袋を持って回収ルームに向かうから、後を追うしかなかった。ゴミ袋を持っているときは普通のエレベーターではなく業者用を使うことになっているから、自然と二人きりになる。
「ゴミを片付けてくれるのは嬉しいけど、恩田さんの休憩時間を減らしたくないんだよね。清掃スタッフにゴミの回収の時間を調整してもらえるように言ってみるね」
そうか、役席だから清掃会社に打診する力があるのか。主任の恩田ではそこまでできない。二人きりのエレベーターで色気の欠片もないことを考えるうちに一階に着いてしまう。
「ごめんね、付き合わせて」
「いえ……って、そうじゃなくて。あの、どうしてあの日記が俺のものだと分かったんですか?」
ゴミを回収ボックスに置いた彼に漸く聞いた。
「分かるでしょう。僕は恩田さんのイラストのファンだから」
「いつ俺の絵を……」
そこでハッとする。以前ピンヒール星人のイラストを描いた。その画風から気づいてくれたのだ。
「あのアプリ、僕も好きなんだ。コピー機とかトナーとか、些細なことから恩田さんなのかなって思うようになって」
手を洗い終えた彼と、今度は普通のエレベーターに乗って休憩室のある三階に帰っていく。また運よく二人きりだから、効率よく聞きたいことを聞かなければと思うのに、上手くいかない。
「恩田さんにとって、僕は王子なのかな?」
「それは謎解きにしようか。バケツで食べたいほど好きなんだよね」
王子に相応しいミステリアスな台詞だった。彼が言えば気障にも奇人にも聞こえないのが流石だ。奇人。その言葉は縁起が悪い。取り消しておこう。
「多分すぐに解けるよ。明日にでも」
そんな、いつもとは少し違う軽口が嬉しかった。明日人事課に行く用事なんてないし、合同会議をするような立場でもない。だが一瞬でも夢を見られたような幸せな気持ちになる。
「謎が解けたら今度は僕の話を聞いてね。じゃあ、また」
一階の企画営業部に顔を出すという彼と別れて、一人乗り込んだエレベーターでは百面相だった。困った顔をすればいいのか、素直に喜べばいいのか、謎解きに苦戦する顔をすればいいのか分からない。謎はともかく、今度は僕の話を聞いてと言った。少なくても二人で会うのが嫌ではない。そこは素直に喜んでおこう。
「戻りました」
エレベーターのミラーでいつもの顔を作ってデスクに戻れば、熊田の隣で奇人が一応静かに仕事をしていた。流石熊田だ。奇人でも自分の課に来た以上見捨てる気はないらしい。根気よく向き合っていけば、奇人も『ちょっとした変わり者』くらいに変わってくれるかもしれない。そう、苦手な彼に対しても希望が持てるのは王子の力だろう。
「締まらない顔をしてないで、さっさと仕事を始めたらいいのに」
相変わらず恩田に向ける言葉は鋭いが、怒るほどでもない。顔の前で「すまん」と詫びる仕種をする熊田に目顔でいいえと返して、ポケットにあったグミをこっそりデスクに移して、午後の仕事に入るのだった。
グミの謎はすぐに解けた。数ヵ月前の『じぶん絵日記』にグミ星人が描いてあったのだ。バケツ一杯食べたいと、ご丁寧にバケツの絵まで描いてある。息を吸うように描いているから、過去に何を描いたか覚えていないことが多いのだ。王子の前でバケツ云々と言う筈がないから、多分これで間違っていない。だが何故この日記が恩田のものだと分かったのだろう。ほぼ自己満足で、訪問者など日に一、二人だ。日記で正解だった場合、職場のことを職場の人間に分かるように書くのはコンプラ違反と言われるだろうか。
ぐるぐると考えながら、確かめる意味もあって昼に片付けたゴミ箱の絵を描いてアップする。ゴミ箱星人。小さく畳んで、綺麗に重ねて入れてくれないとすぐお腹一杯になってしまう。開き直ってメルヘンな日記を書いてみる。そのメルヘンが翌日王子を呼び寄せる。
「……冥賀さん、何をしているんですか」
お昼時間に少し遅れて休憩室に向かって、そこでゴミ箱の片付けをする王子と遭遇した。これはもう決定だ。王子は恩田の日記を見ている。
「恩田さんを見習って片づけをしようかと思って」
「俺が片づけをしているところなんて見ていないでしょう?」
「うん。実際は見ていないけど、絵日記で分かったから」
やはりビンゴだ。彼も種明かしを焦らす気はないらしい。
「流石恩田さん。見事に謎を解いてみせたね」
彼がゴミ袋を持って回収ルームに向かうから、後を追うしかなかった。ゴミ袋を持っているときは普通のエレベーターではなく業者用を使うことになっているから、自然と二人きりになる。
「ゴミを片付けてくれるのは嬉しいけど、恩田さんの休憩時間を減らしたくないんだよね。清掃スタッフにゴミの回収の時間を調整してもらえるように言ってみるね」
そうか、役席だから清掃会社に打診する力があるのか。主任の恩田ではそこまでできない。二人きりのエレベーターで色気の欠片もないことを考えるうちに一階に着いてしまう。
「ごめんね、付き合わせて」
「いえ……って、そうじゃなくて。あの、どうしてあの日記が俺のものだと分かったんですか?」
ゴミを回収ボックスに置いた彼に漸く聞いた。
「分かるでしょう。僕は恩田さんのイラストのファンだから」
「いつ俺の絵を……」
そこでハッとする。以前ピンヒール星人のイラストを描いた。その画風から気づいてくれたのだ。
「あのアプリ、僕も好きなんだ。コピー機とかトナーとか、些細なことから恩田さんなのかなって思うようになって」
手を洗い終えた彼と、今度は普通のエレベーターに乗って休憩室のある三階に帰っていく。また運よく二人きりだから、効率よく聞きたいことを聞かなければと思うのに、上手くいかない。
「恩田さんにとって、僕は王子なのかな?」
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