恋愛メンタルマネジメント
「だから、俺は社員を駒みたいに動かす仕事がしたいんだよ」
仲よくしようと思った奇人は、翌日も奇人のままだった。悪知恵は働くから、熊田が席を外したタイミングで無茶を言うから困りものだ。
「社員の異動に関わる仕事をするのは、人事課でもごく一部の社員だけだよ。この会社は支店がある訳でもないし」
とりあえず暴力の伴わない台詞は怖くないから、向かいの席の彼に穏やかに返してみる。
「この会社、福利厚生で年に何回か希望者に野球のチケットを配るんだけど、人事課の新人社員はその抽選をしたりするんだよ。そうやって地道にできる仕事を増やしていく。まぁ、チケットの抽選は楽しそうだけどね」
「あんた、やっぱり馬鹿だな」
相変わらず言葉遣いがよろしくない。
「使えない人材を関連企業に飛ばす人事もあることを知らないのかよ」
知っている。できればお前を飛ばしてやりたい。
「それに俺は前の会社で人事部にいたんだ。新人じゃない」
そこを辞めただろうが。お前こそ使えなかったんじゃないのかと、内面まで聖人ではないからそんな風に思う。だが恩田まで奇人になる訳にはいかない。
「とりあえず八月に入ってくるコールの契約社員十人の導入研修からだね。新しいスタッフをどれだけ定着させられるかっていうのも、仕事のやりがいに繋がると思うよ」
「ダメな奴はどんどんクビにしてやる」
「ここ最近は導入研修で見切りをつけるような人材はいないよ」
何を言っても奇人は奇人のままだが、席に座ってくれるからよしとしよう。もうすぐ昼休憩だ。昼は彼はビルの外に行くから会うことはないし、午後は午前中会議だった熊田も戻ってくる。そう救いを見出しながら午前の仕事を終える。
ステーキランチを食べに行くという奇人を見送り、恩田も執務室を出たものの食欲がなかった。今日はジュースだけでいい。そう思って食堂ではなく休憩室に向かう。そこで入口に近い位置のゴミ箱に目が行った。清掃会社のスタッフが日に何度か回収してくれるが、この時間は一杯になって蓋が閉まらなくなることが多い。弁当の容器を重ねたり、パンやお菓子のビニールを折り畳んで捨ててくれれば溢れることはないのに、そこまで気がつく人間は少ないということだ。休憩時間は清掃スタッフも入室を避けるからゴミ箱は溢れたままになる。
「仕方ない」
今夜はゴミ箱星人の絵日記を書こう。そう決めて、ゴミを纏めて回収ルームに持っていく。こうしておけば二時頃やってくる清掃スタッフも楽だし、どうせ食欲がないからちょうどいい。これくらい、奇人の相手をするよりずっと楽だ。一階の回収ルームにゴミを置いて、手を洗って休憩室に戻ってくる。
いい運動になってさっきよりはお腹が空いた。炭酸のグレープジュースでも飲もうかと自販機に向かって、だがそこで後ろから肩を叩かれる。
「よかった、見つけた」
「冥賀さん?」
振り向けば、何故かそこに王子が立っていた。奇人のことで疲れている恩田への神の御恵みなのか、最近彼によく会う。
「これから二人でランチに出ない? 熊田さんに一時半まで時間を貰ったから」
「熊さん? 一時半?」
話が見えなかった。瞬いて話の意図を掴もうとする恩田の耳元に、王子が顔を寄せて言う。
「午前中立成くんと二人きりにさせたお詫びだって。会議が続くと彼の世話を任せっぱなしになってしまうから、恩田と仲がいいなら気晴らしに外に連れ出してやってくれって頼まれて」
ちょっと恵まれすぎではないかと思う気遣いだった。ありがたいが、今は息が掛かるほど近い彼の顔が気になってそれどころではない。
「ということだから、行こう。恩田さんの好きなものを食べよう」
「あ、はい」
彼の身体が離れたことに安堵して、ついそう言っていた。好きバレは困るが、王子と過ごせるのは嬉しい。今日は熊田の気持ちを無碍にできないという建前もある。
「何食べたい?」
「えっと、あまり混んでいないお店だと嬉しいです」
言ってから、食べ物を聞いたのに面倒な奴だと思われたかなと心配になった。だが彼はなるほどと頷いて、迷うことなくビルの前の道を進んでいく。
「イタリアンが大丈夫ならここはどう?」
数分歩いて洒落た外観の店に連れていかれた。店の前に行列もないし、窓から見える店内の様子も、お昼時の殺気立った感じがない。
「ここがいいです」
「よかった。じゃあ、入ろう」
仲よくしようと思った奇人は、翌日も奇人のままだった。悪知恵は働くから、熊田が席を外したタイミングで無茶を言うから困りものだ。
「社員の異動に関わる仕事をするのは、人事課でもごく一部の社員だけだよ。この会社は支店がある訳でもないし」
とりあえず暴力の伴わない台詞は怖くないから、向かいの席の彼に穏やかに返してみる。
「この会社、福利厚生で年に何回か希望者に野球のチケットを配るんだけど、人事課の新人社員はその抽選をしたりするんだよ。そうやって地道にできる仕事を増やしていく。まぁ、チケットの抽選は楽しそうだけどね」
「あんた、やっぱり馬鹿だな」
相変わらず言葉遣いがよろしくない。
「使えない人材を関連企業に飛ばす人事もあることを知らないのかよ」
知っている。できればお前を飛ばしてやりたい。
「それに俺は前の会社で人事部にいたんだ。新人じゃない」
そこを辞めただろうが。お前こそ使えなかったんじゃないのかと、内面まで聖人ではないからそんな風に思う。だが恩田まで奇人になる訳にはいかない。
「とりあえず八月に入ってくるコールの契約社員十人の導入研修からだね。新しいスタッフをどれだけ定着させられるかっていうのも、仕事のやりがいに繋がると思うよ」
「ダメな奴はどんどんクビにしてやる」
「ここ最近は導入研修で見切りをつけるような人材はいないよ」
何を言っても奇人は奇人のままだが、席に座ってくれるからよしとしよう。もうすぐ昼休憩だ。昼は彼はビルの外に行くから会うことはないし、午後は午前中会議だった熊田も戻ってくる。そう救いを見出しながら午前の仕事を終える。
ステーキランチを食べに行くという奇人を見送り、恩田も執務室を出たものの食欲がなかった。今日はジュースだけでいい。そう思って食堂ではなく休憩室に向かう。そこで入口に近い位置のゴミ箱に目が行った。清掃会社のスタッフが日に何度か回収してくれるが、この時間は一杯になって蓋が閉まらなくなることが多い。弁当の容器を重ねたり、パンやお菓子のビニールを折り畳んで捨ててくれれば溢れることはないのに、そこまで気がつく人間は少ないということだ。休憩時間は清掃スタッフも入室を避けるからゴミ箱は溢れたままになる。
「仕方ない」
今夜はゴミ箱星人の絵日記を書こう。そう決めて、ゴミを纏めて回収ルームに持っていく。こうしておけば二時頃やってくる清掃スタッフも楽だし、どうせ食欲がないからちょうどいい。これくらい、奇人の相手をするよりずっと楽だ。一階の回収ルームにゴミを置いて、手を洗って休憩室に戻ってくる。
いい運動になってさっきよりはお腹が空いた。炭酸のグレープジュースでも飲もうかと自販機に向かって、だがそこで後ろから肩を叩かれる。
「よかった、見つけた」
「冥賀さん?」
振り向けば、何故かそこに王子が立っていた。奇人のことで疲れている恩田への神の御恵みなのか、最近彼によく会う。
「これから二人でランチに出ない? 熊田さんに一時半まで時間を貰ったから」
「熊さん? 一時半?」
話が見えなかった。瞬いて話の意図を掴もうとする恩田の耳元に、王子が顔を寄せて言う。
「午前中立成くんと二人きりにさせたお詫びだって。会議が続くと彼の世話を任せっぱなしになってしまうから、恩田と仲がいいなら気晴らしに外に連れ出してやってくれって頼まれて」
ちょっと恵まれすぎではないかと思う気遣いだった。ありがたいが、今は息が掛かるほど近い彼の顔が気になってそれどころではない。
「ということだから、行こう。恩田さんの好きなものを食べよう」
「あ、はい」
彼の身体が離れたことに安堵して、ついそう言っていた。好きバレは困るが、王子と過ごせるのは嬉しい。今日は熊田の気持ちを無碍にできないという建前もある。
「何食べたい?」
「えっと、あまり混んでいないお店だと嬉しいです」
言ってから、食べ物を聞いたのに面倒な奴だと思われたかなと心配になった。だが彼はなるほどと頷いて、迷うことなくビルの前の道を進んでいく。
「イタリアンが大丈夫ならここはどう?」
数分歩いて洒落た外観の店に連れていかれた。店の前に行列もないし、窓から見える店内の様子も、お昼時の殺気立った感じがない。
「ここがいいです」
「よかった。じゃあ、入ろう」