恋は乗り越えられない試練を与えない。
球場にコールされて、嬉しいのにやはり不安だった。六対五。ホームランを打たれれば、多分そのまま負ける。八回の神とはいえ、何故こんな胃に悪いシーンでばかり使うのだと独り言ちてしまう。
八回裏が終わるまで別のチャンネルを観ようかと、リモコンに伸ばした手を引っ込める。昊が観ても負けることはない。そう内村が言ってくれた。それに、願掛けをしておいて観ないのは失礼というものだ。心を決めて画面を見つめる。
『見逃し三振!』
「よし!」
二人目まで安井は簡単に三振を取った。だが嫌な風が邪魔をするのか、三人目はなかなか仕留められない。どうかあと一人。思わず指を組んで見つめる画面の中で二つ目のストライクが決まる。フルカウント。あと一級。
『空振り三振! スリーアウト!』
「……やった」
実況の言葉に、まるで自分が投げてきたかのように脱力した。だがそこで終わりではない。追加点を取ることはできずに一点差のまま迎えた九回裏、マウンドに上がったのは回またぎの安井だった。
『風が独特ですから、八回に投げた安井をもう一度ということでしょうね』
八回の神が何故九回も? という昊の疑問に答えるように、ゲスト解説員が解説してくれる。なるほどと納得はしたが、昊にとっては胃が痛い展開の続きだ。サヨナラ負けになれば安井が責められる。いや、大丈夫だと思うから監督は安井に託したのだ。大丈夫。ファンの昊が信じなくてどうする。そんな思いで見つめた先で、安井は三振とゴロでツーアウトを取る。あと一人。三人目のバッターに球を投げる。
「あ……」
高く上がったボールは距離がなく、守備の選手のグローブに吸い込まれた。
「やった……」
放心状態の昊の代わりに実況が声を上げる。
『六対五! Kオリオンズの勝利! 安井、初セーブ!』
「セーブ?」
少し遅れて理解して、思わず手を叩いていた。セーブとはいくつかの条件下で九回を無失点に抑えた投手に着く記録だ。安井は前のチームで先発だったし、Kオリオンズに来てから九回を投げることがなかったから、プロになって初めてついた記録ということになる。
「凄い」
三者三振にこんなおまけまでつけられたら、すぐに内村のところに行くしかなかった。テレビを消して大急ぎで身支度をして、バタバタと部屋を出ていく。
約束はしないで行こうと思った。内村が運命の人ならスムーズに進むと信じてみたい。電車で二駅。休日の割に車内は混んでいたが、胸のざわざわがやってくることはなかった。内村のことを考えるのに忙しい。会えたらなんと言おう。まず連絡を無視し続けたことを詫びなければ。考えるうちに内村の部屋の最寄り駅に着いてしまう。前に来たときはタクシーだったが、それでも大体の位置とマンションの外観は覚えている。
難なく目的の建物を見つけて、エントランスシステムで部屋番号を押した。
「どうぞ」
内村はいた。そして怖いほど落ち着いていた。開錠すると言ってインターホンが切られてしまったから部屋に向かうしかない。エレベーターで四階に上がればドアを少し開けて内村が待っていてくれた。
「入って」
「……お邪魔します」
彼が何も言わないから、昊も黙ってリビングまでついていく。
「紅茶」
促されてソファーに座ればすぐにお茶が出てくる。まるで昊が来ることを知っていたようだ。
「安井、初セーブおめでとう」
おまけに彼の方から切り出された。
「うん。まさか初セーブまで決めてくれるとは」
「凄いよな、新天地で。もうすっかりKオリオンズに欠かせない投手」
「うん」
ずっと前、内村も安井のファンにしてやろうと散々語った夜を思い出した。今、何故か内村に語られている。そして今日、昊は野球の話をしに来たのではない。
「透輝、あの」
意を決して話しかけたものの、ソファーの隣に座られれば身体を縮こまらせてしまう。そんな昊に何か言うこともなく、彼は代わりに別のことを話し出す。
「本当は俺が先に会いに行きたかったけど、計画に時間が掛かってしまって」
「計画?」
「そう」
そこで内村が口角を上げる。以前から嬉しいときにそうしてきたが、今日はそこに策士の色が見える。
「三山課長を本社から追い出してやった」
八回裏が終わるまで別のチャンネルを観ようかと、リモコンに伸ばした手を引っ込める。昊が観ても負けることはない。そう内村が言ってくれた。それに、願掛けをしておいて観ないのは失礼というものだ。心を決めて画面を見つめる。
『見逃し三振!』
「よし!」
二人目まで安井は簡単に三振を取った。だが嫌な風が邪魔をするのか、三人目はなかなか仕留められない。どうかあと一人。思わず指を組んで見つめる画面の中で二つ目のストライクが決まる。フルカウント。あと一級。
『空振り三振! スリーアウト!』
「……やった」
実況の言葉に、まるで自分が投げてきたかのように脱力した。だがそこで終わりではない。追加点を取ることはできずに一点差のまま迎えた九回裏、マウンドに上がったのは回またぎの安井だった。
『風が独特ですから、八回に投げた安井をもう一度ということでしょうね』
八回の神が何故九回も? という昊の疑問に答えるように、ゲスト解説員が解説してくれる。なるほどと納得はしたが、昊にとっては胃が痛い展開の続きだ。サヨナラ負けになれば安井が責められる。いや、大丈夫だと思うから監督は安井に託したのだ。大丈夫。ファンの昊が信じなくてどうする。そんな思いで見つめた先で、安井は三振とゴロでツーアウトを取る。あと一人。三人目のバッターに球を投げる。
「あ……」
高く上がったボールは距離がなく、守備の選手のグローブに吸い込まれた。
「やった……」
放心状態の昊の代わりに実況が声を上げる。
『六対五! Kオリオンズの勝利! 安井、初セーブ!』
「セーブ?」
少し遅れて理解して、思わず手を叩いていた。セーブとはいくつかの条件下で九回を無失点に抑えた投手に着く記録だ。安井は前のチームで先発だったし、Kオリオンズに来てから九回を投げることがなかったから、プロになって初めてついた記録ということになる。
「凄い」
三者三振にこんなおまけまでつけられたら、すぐに内村のところに行くしかなかった。テレビを消して大急ぎで身支度をして、バタバタと部屋を出ていく。
約束はしないで行こうと思った。内村が運命の人ならスムーズに進むと信じてみたい。電車で二駅。休日の割に車内は混んでいたが、胸のざわざわがやってくることはなかった。内村のことを考えるのに忙しい。会えたらなんと言おう。まず連絡を無視し続けたことを詫びなければ。考えるうちに内村の部屋の最寄り駅に着いてしまう。前に来たときはタクシーだったが、それでも大体の位置とマンションの外観は覚えている。
難なく目的の建物を見つけて、エントランスシステムで部屋番号を押した。
「どうぞ」
内村はいた。そして怖いほど落ち着いていた。開錠すると言ってインターホンが切られてしまったから部屋に向かうしかない。エレベーターで四階に上がればドアを少し開けて内村が待っていてくれた。
「入って」
「……お邪魔します」
彼が何も言わないから、昊も黙ってリビングまでついていく。
「紅茶」
促されてソファーに座ればすぐにお茶が出てくる。まるで昊が来ることを知っていたようだ。
「安井、初セーブおめでとう」
おまけに彼の方から切り出された。
「うん。まさか初セーブまで決めてくれるとは」
「凄いよな、新天地で。もうすっかりKオリオンズに欠かせない投手」
「うん」
ずっと前、内村も安井のファンにしてやろうと散々語った夜を思い出した。今、何故か内村に語られている。そして今日、昊は野球の話をしに来たのではない。
「透輝、あの」
意を決して話しかけたものの、ソファーの隣に座られれば身体を縮こまらせてしまう。そんな昊に何か言うこともなく、彼は代わりに別のことを話し出す。
「本当は俺が先に会いに行きたかったけど、計画に時間が掛かってしまって」
「計画?」
「そう」
そこで内村が口角を上げる。以前から嬉しいときにそうしてきたが、今日はそこに策士の色が見える。
「三山課長を本社から追い出してやった」