恋は乗り越えられない試練を与えない。
「ありがとう」
礼を言ったあとで、彼が面白がるように昊の顔を見つめる。
「で、君を想ってくれる相手とはどうするの?」
相談して終わりではないらしい。彼は昊の答えまで聞いていくつもりだ。そこでハッと閃く。
「安井さんが今度三者三振を取ったら、すぐに告白に行きます」
「それは難しいな。中継ぎは出番があるかどうか分からないし、三人連続で投げさせてもらえるとも限らない」
確かに三つアウトを取るうちにはゴロや犠牲フライもあるのが普通。けれど。
「いいんです。三振が一番格好いいから。もちろん他も好きですけど。俺、それが観られるまでずっと待ちますから」
「ずっとって、それじゃ、いつまでも三振が取れないみたいで失礼でしょう?」
「ですね」
冗談に笑い合ったところで、大地たちが戻ってくる。
「おお、よかった。すっかり仲よくなったみたいだな」
工藤が機嫌よく言って安井の肩に触れる。絡むような真似はせず、隣にきちんと座り直す様子に、彼の仕事に対する姿勢が表れているようだ。その彼にヘルメットのアイディアを褒めてもらった。工藤と会えたこともありがたい経験だった。
「じゃあ、僕も頑張るから、ちゃんと約束を守ってよ」
別れ際にそう言って、安井は工藤と同じタクシーで帰っていった。連絡先を交換するようなことはしない。昊は一ファンで、今日会えたのは大地のお陰だから。次に会うときは、何かしら、自分がやり遂げた成果で会えればいい。そんな希望を貰った。会えてよかった。
「安井投手と何を約束したんだ?」
「今度三者三振を取ったら、ある行動を起こしますって」
「ある行動って?」
「内緒。でも、今日ここに連れてきてくれてありがとう。生き返った」
「一度死んだみたいな言い方するなよ。まぁ、先月末からお前は本当に死人みたいだったからな」
「ごめん。明日からちゃんと人間をやる」
「なんだよそれ」
言い合ううちに二代目のタクシーが来て、大地とホテルに帰っていく。
「明日、仕事の都合ですぐ帰らなきゃいけないけど、昊だけ残って試合を観て帰るか? 工藤さんに頼めばチケットも取れそうだし」
「ううん、いい」
チケットは自分で苦労して取るからいいのだ。もう少し元気になったら全力で取りに行く。だから。
「兄さん、部屋に帰ったら全チームの野球が観られるチャンネルを契約していい?」
タクシーの後部座席で彼が目を見開く。
「いいけど、お前、手術のあと光と音がダメになったんじゃなかったか?」
「うん。今もしんどい。でも観たいんだ。辛くなったら音を消して、光が辛いときは音だけで楽しむから。そうやって後遺症と上手く付き合っていきたい。安井さんと話してそう思った」
「そっか」
彼の顔に、ここ最近見たことのない安堵の表情が浮かぶ。ずっと心配させ通しだった彼にも少しは安心してもらえるように、自立に向かっていけたらいい。
「じゃあ、一番人気のチャンネルを契約しよう。大リーグも観られるところにしようか」
「それだと選択肢が多すぎて困る」
「でもいずれ安井投手が大リーグに行くかもしれないだろ?」
「そうか。その可能性もあるのか」
それに気づいてぱっと目の前が明るくなった。彼は辛い思いをした。理不尽な攻撃のせいでCブルータスを辞めざるを得なくなった。だが彼はKオリオンズで咲き直した。八回の神になった。これからもっと活躍して海外に行くようなことがあれば、そのときは元奥様もついていってくれるかもしれない。その想像に嬉しくなる。
安井は大病をした妻を愛している。奥様はどうして応えてあげないのだろうと思ってしまう。彼は強くなった。理不尽な言葉に反撃する力もつけたし、攻撃を受けないほど活躍している。もう彼の過去を思い出す者もいないだろう。それなのにどうして、と。
だが自分が内村にやっていることも同じだと気づいた。内村は全て受け入れると言ってくれた。昊のことをずっと好きだと。それを信じ切れずに意地を張っているのは昊だ。内村のためと言いながら、本音は嫌われるのが怖いのだ。彼の記憶の中にある綺麗な恋人のままでいたい。けれどそれと同じくらい、たった一ヵ月では味わえなかった二人の関係を感じてみたい。
ホテルに帰ったあと、Kオリオンズの残りの試合を確認した。残り十九試合。意外に少ない。安井が全試合出る訳ではないから、チャンスはきっと十回前後。今年叶わなければ来年まで待とう。それだけ彼の三振は特別な力を持つ。三つ取ってくれれば、そのときは昊も内村に向かう。酷い態度を取り続けて嫌われたかもしれないが、それなら自分が引き起こした現実を受け入れるまでだ。決めてしまえば、怖いものなど何もない気がする。
礼を言ったあとで、彼が面白がるように昊の顔を見つめる。
「で、君を想ってくれる相手とはどうするの?」
相談して終わりではないらしい。彼は昊の答えまで聞いていくつもりだ。そこでハッと閃く。
「安井さんが今度三者三振を取ったら、すぐに告白に行きます」
「それは難しいな。中継ぎは出番があるかどうか分からないし、三人連続で投げさせてもらえるとも限らない」
確かに三つアウトを取るうちにはゴロや犠牲フライもあるのが普通。けれど。
「いいんです。三振が一番格好いいから。もちろん他も好きですけど。俺、それが観られるまでずっと待ちますから」
「ずっとって、それじゃ、いつまでも三振が取れないみたいで失礼でしょう?」
「ですね」
冗談に笑い合ったところで、大地たちが戻ってくる。
「おお、よかった。すっかり仲よくなったみたいだな」
工藤が機嫌よく言って安井の肩に触れる。絡むような真似はせず、隣にきちんと座り直す様子に、彼の仕事に対する姿勢が表れているようだ。その彼にヘルメットのアイディアを褒めてもらった。工藤と会えたこともありがたい経験だった。
「じゃあ、僕も頑張るから、ちゃんと約束を守ってよ」
別れ際にそう言って、安井は工藤と同じタクシーで帰っていった。連絡先を交換するようなことはしない。昊は一ファンで、今日会えたのは大地のお陰だから。次に会うときは、何かしら、自分がやり遂げた成果で会えればいい。そんな希望を貰った。会えてよかった。
「安井投手と何を約束したんだ?」
「今度三者三振を取ったら、ある行動を起こしますって」
「ある行動って?」
「内緒。でも、今日ここに連れてきてくれてありがとう。生き返った」
「一度死んだみたいな言い方するなよ。まぁ、先月末からお前は本当に死人みたいだったからな」
「ごめん。明日からちゃんと人間をやる」
「なんだよそれ」
言い合ううちに二代目のタクシーが来て、大地とホテルに帰っていく。
「明日、仕事の都合ですぐ帰らなきゃいけないけど、昊だけ残って試合を観て帰るか? 工藤さんに頼めばチケットも取れそうだし」
「ううん、いい」
チケットは自分で苦労して取るからいいのだ。もう少し元気になったら全力で取りに行く。だから。
「兄さん、部屋に帰ったら全チームの野球が観られるチャンネルを契約していい?」
タクシーの後部座席で彼が目を見開く。
「いいけど、お前、手術のあと光と音がダメになったんじゃなかったか?」
「うん。今もしんどい。でも観たいんだ。辛くなったら音を消して、光が辛いときは音だけで楽しむから。そうやって後遺症と上手く付き合っていきたい。安井さんと話してそう思った」
「そっか」
彼の顔に、ここ最近見たことのない安堵の表情が浮かぶ。ずっと心配させ通しだった彼にも少しは安心してもらえるように、自立に向かっていけたらいい。
「じゃあ、一番人気のチャンネルを契約しよう。大リーグも観られるところにしようか」
「それだと選択肢が多すぎて困る」
「でもいずれ安井投手が大リーグに行くかもしれないだろ?」
「そうか。その可能性もあるのか」
それに気づいてぱっと目の前が明るくなった。彼は辛い思いをした。理不尽な攻撃のせいでCブルータスを辞めざるを得なくなった。だが彼はKオリオンズで咲き直した。八回の神になった。これからもっと活躍して海外に行くようなことがあれば、そのときは元奥様もついていってくれるかもしれない。その想像に嬉しくなる。
安井は大病をした妻を愛している。奥様はどうして応えてあげないのだろうと思ってしまう。彼は強くなった。理不尽な言葉に反撃する力もつけたし、攻撃を受けないほど活躍している。もう彼の過去を思い出す者もいないだろう。それなのにどうして、と。
だが自分が内村にやっていることも同じだと気づいた。内村は全て受け入れると言ってくれた。昊のことをずっと好きだと。それを信じ切れずに意地を張っているのは昊だ。内村のためと言いながら、本音は嫌われるのが怖いのだ。彼の記憶の中にある綺麗な恋人のままでいたい。けれどそれと同じくらい、たった一ヵ月では味わえなかった二人の関係を感じてみたい。
ホテルに帰ったあと、Kオリオンズの残りの試合を確認した。残り十九試合。意外に少ない。安井が全試合出る訳ではないから、チャンスはきっと十回前後。今年叶わなければ来年まで待とう。それだけ彼の三振は特別な力を持つ。三つ取ってくれれば、そのときは昊も内村に向かう。酷い態度を取り続けて嫌われたかもしれないが、それなら自分が引き起こした現実を受け入れるまでだ。決めてしまえば、怖いものなど何もない気がする。