恋は乗り越えられない試練を与えない。
女児用ヘルメットは思った以上に好評で、正式に原田メディカルサプライの商品として販売することになった。中のクッション性と、どれほどの衝撃に耐えられるかのテストを経て、提携の製作会社に注文を出し、出来上がったものをネットで販売する。
「凄いですよ、原田さん。もう五件も注文が入っているんです。ハンデがある子どもだけでなく、多動の子の怪我を回避する目的でも需要があって」
「凄いじゃない。大活躍だね」
「いや、原田さんのアドバイスがあったからですし。男児用も販売してほしいってコメントがあったので、またデザインの相談に乗ってください」
爽やかに言って牧田は去っていった。それほど年齢は変わらないが、素直でいい子だなと思う。デザインした自分の手柄だと言ってくれていいのに、誰かに褒められるたびに彼は昊のアドバイスだと話している。
手柄云々はどうでもいいが、少しでも大地の会社の役に立ったことは嬉しかった。家で褒められて、高価なレストランに連れ出される。少しだけ今の仕事の自信になって、慣れない飲食店で感情のざわつきが起きなかったことにも安堵する。
内村の言葉に応えてもいいのだろうか。リーグ優勝が決まるまで待つと言われたが、今度二人で試合を見に行ったら、それが昊の答えになりそうな気がした。もう一度恋人としてやっていく。それが本当に可能だろうか。悩んではいるが、悩みがだいぶ前向きになっている。チケットはあっさり譲ってもらえたらしく、もう逃げ場はない。
野球が好き。チケットを無駄にしたらもったいない。結局そんな思考に落ち着いた。昊の気持ちは変わらない。内村に迷惑をかけるようなことはしない。ただ、彼に迷惑をかけずにやっていける道があるなら、その道を考えてみたい。ヘルメットの件もあってそう思えるようになる。
約束の土曜はデイゲームだった。試合開始は二時。十二時にドームの最寄り駅で待ち合わせ。迎えに行くと言われたが、自分を試してみたくて我が侭を言った。内村の言葉を信じてみたい。記憶が飛んでも人を殴ったりしなかった。ずっと付き合っていかなければならない後遺症でも、少しは回復しているのかもしれない。いつも通勤で使っているのとは別の路線で、乗り換えをして目的地に向かう。無事に辿り着けたらまた自信が持てる。内村のことももっと柔軟に考えることができる。
朝の薬も飲んだし、外に出れば快晴だった。感情を乱す理由はない。嫌なニュースを見ないように、その日はネットニュースを見るのもやめる。
「出掛けるのか?」
「うん。野球を観に行く」
短く答えただけなのに、大地が訳知り顔で口角を上げた。
「内村さんか」
「……そう。チケットを貰ったんだって。Kオリオンズ戦だからどうしても行きたくて」
あくまでもKオリオンズが観たいのだと言ってみるが、彼には子どもの言い訳にしか聞こえないらしい。
「遅くなるかもしれないから、お昼ご飯、冷蔵庫に入れてある」
昊は試合前にランチの予定。
「どうも。夜もゆっくりしてくるといい」
「試合が終わったらすぐ帰るよ。延長になるかもしれないけど」
「とことん延長になるといいな」
何を言っても柳に風の彼に降参して、さっさと家を出ることにした。普段行かない駅だから、早めの到着時間で検索した駅に向かう。土曜の昼でも電車は混んでいた。弱冷房の電車を降りれば、ホームを歩くだけで夏の暑さが肌に纏わりつく。乗り換えが面倒な駅で、階段の上り下りを繰り返さなければならなかった。案内板を頼りにホームに向かう間に汗が流れる。目的地で調達すればいいかと飲み物を持ってこなかったが、流石にペットボトルの一つも買っておいた方がいい。そう思ったところで、駅構内にコンビニがあるのに気がつく。店舗が広めで買い物しやすそうだ。引かれるように入口に歩いていく。
涼しい店内で体力を回復させて、小さなペットボトルを選んでレジに向かった。有人レジは閉まっていて、セルフレジに一人並んでいる。その前にいる会計中の人間に、正直嫌な予感はあった。若い母親が子どもを抱いて、カゴに入った商品を一つ一つ差し出している。
「はい、次はこれね。ピッしてね。うん、上手」
レジが一つしか空いていない状況が見えないのか、彼女は子どもとのままごとを繰り返す。次第に昊の前の男性客が苛立つのが伝わってきた。胸にざわざわが広がる。マズい。一度ここを離れた方がいいと分かっていて、何故自分が買い物を諦めなければならないという気持ちが強くなる。
「あの……」
「凄いですよ、原田さん。もう五件も注文が入っているんです。ハンデがある子どもだけでなく、多動の子の怪我を回避する目的でも需要があって」
「凄いじゃない。大活躍だね」
「いや、原田さんのアドバイスがあったからですし。男児用も販売してほしいってコメントがあったので、またデザインの相談に乗ってください」
爽やかに言って牧田は去っていった。それほど年齢は変わらないが、素直でいい子だなと思う。デザインした自分の手柄だと言ってくれていいのに、誰かに褒められるたびに彼は昊のアドバイスだと話している。
手柄云々はどうでもいいが、少しでも大地の会社の役に立ったことは嬉しかった。家で褒められて、高価なレストランに連れ出される。少しだけ今の仕事の自信になって、慣れない飲食店で感情のざわつきが起きなかったことにも安堵する。
内村の言葉に応えてもいいのだろうか。リーグ優勝が決まるまで待つと言われたが、今度二人で試合を見に行ったら、それが昊の答えになりそうな気がした。もう一度恋人としてやっていく。それが本当に可能だろうか。悩んではいるが、悩みがだいぶ前向きになっている。チケットはあっさり譲ってもらえたらしく、もう逃げ場はない。
野球が好き。チケットを無駄にしたらもったいない。結局そんな思考に落ち着いた。昊の気持ちは変わらない。内村に迷惑をかけるようなことはしない。ただ、彼に迷惑をかけずにやっていける道があるなら、その道を考えてみたい。ヘルメットの件もあってそう思えるようになる。
約束の土曜はデイゲームだった。試合開始は二時。十二時にドームの最寄り駅で待ち合わせ。迎えに行くと言われたが、自分を試してみたくて我が侭を言った。内村の言葉を信じてみたい。記憶が飛んでも人を殴ったりしなかった。ずっと付き合っていかなければならない後遺症でも、少しは回復しているのかもしれない。いつも通勤で使っているのとは別の路線で、乗り換えをして目的地に向かう。無事に辿り着けたらまた自信が持てる。内村のことももっと柔軟に考えることができる。
朝の薬も飲んだし、外に出れば快晴だった。感情を乱す理由はない。嫌なニュースを見ないように、その日はネットニュースを見るのもやめる。
「出掛けるのか?」
「うん。野球を観に行く」
短く答えただけなのに、大地が訳知り顔で口角を上げた。
「内村さんか」
「……そう。チケットを貰ったんだって。Kオリオンズ戦だからどうしても行きたくて」
あくまでもKオリオンズが観たいのだと言ってみるが、彼には子どもの言い訳にしか聞こえないらしい。
「遅くなるかもしれないから、お昼ご飯、冷蔵庫に入れてある」
昊は試合前にランチの予定。
「どうも。夜もゆっくりしてくるといい」
「試合が終わったらすぐ帰るよ。延長になるかもしれないけど」
「とことん延長になるといいな」
何を言っても柳に風の彼に降参して、さっさと家を出ることにした。普段行かない駅だから、早めの到着時間で検索した駅に向かう。土曜の昼でも電車は混んでいた。弱冷房の電車を降りれば、ホームを歩くだけで夏の暑さが肌に纏わりつく。乗り換えが面倒な駅で、階段の上り下りを繰り返さなければならなかった。案内板を頼りにホームに向かう間に汗が流れる。目的地で調達すればいいかと飲み物を持ってこなかったが、流石にペットボトルの一つも買っておいた方がいい。そう思ったところで、駅構内にコンビニがあるのに気がつく。店舗が広めで買い物しやすそうだ。引かれるように入口に歩いていく。
涼しい店内で体力を回復させて、小さなペットボトルを選んでレジに向かった。有人レジは閉まっていて、セルフレジに一人並んでいる。その前にいる会計中の人間に、正直嫌な予感はあった。若い母親が子どもを抱いて、カゴに入った商品を一つ一つ差し出している。
「はい、次はこれね。ピッしてね。うん、上手」
レジが一つしか空いていない状況が見えないのか、彼女は子どもとのままごとを繰り返す。次第に昊の前の男性客が苛立つのが伝わってきた。胸にざわざわが広がる。マズい。一度ここを離れた方がいいと分かっていて、何故自分が買い物を諦めなければならないという気持ちが強くなる。
「あの……」