恋は乗り越えられない試練を与えない。
「分かった」
そこだけ了承して帰ることになった。病院としても日曜は検査ができないから、このままいられても仕方ないのだろう。大地に支払いをしてもらって病院を出る。
半月やひと月の休暇が認められるような状況ではなかった。休むならクビだ。手術の費用もあるのにどうしたらいいだろう。それもあるが、内村に嫌われてしまわないだろうか。付き合い始めの恋人が病気なんて面倒でしかない。元々他人に興味のない彼なのだ。脳腫瘍自体に悩む暇もないほど考える。
週明けに半休を取って検査に行った。きちんとした結果が出るのは一週間後。もうMRIでおおよそ分かっているから脳腫瘍は確実なのだろう。あとは悪性かどうかと、手術で上手く取れるかどうか。悩んでも仕方ないから午後から普通に出勤する。ずっと頭痛薬を飲めばなんとかなる痛みだった。だから多分たいしたことはない。それより半日休んだ仕事の遅れが気掛かり。だがそこに救世主がいた。
「昊、おはよう」
大地に送られて病院から向かった職場ビル。執務室に入る前の廊下で迎えてくれたのは内村だった。
「身体どう?」
「検査してきて結果待ち。でも大丈夫だと思います」
大事になりそうだから、彼に脳腫瘍と言うのはやめようと思った。
「迷惑をかけてすみません。目を覚ますまで傍にいてもらったのに、ちゃんとお礼もできなくて」
「そんなことはいいって」
上手く言い表せないもどかしさを募らせるように彼が眉を寄せる。
「俺、どうしたら昊を護れる?」
他の人間にバレないように短く言う言葉が胸に沁みた。
「その気持ちだけで充分です。迷惑をかけられて、もう嫌いだと思われたらどうしようって思っていました。それがなければ」
「当たり前だ」
思いがけず激しい反応だった。
「ごめん」
「ううん。また二人で会いましょう? この先ちょっと忙しくなりそうだから難しいかもしれないですけど」
「仕事は俺がなんとかする」
その言葉だけで充分だった。だがその日から本当に、内村と富澤が可能な限りフォローに入ってくれる。もう顧客事務課の他のメンバーにも隠さず、空いている時間は堂々と手伝ってくれるようになった。課長に何か言われれば富澤が言い返してくれる。朝早くから手伝ってくれるお陰で、残業は二時間もかからなくなった。課長に睨まれていることは気づいているが、残業中にいない人間にどう思われようと構わない。腫瘍のことも忘れて、仕事が早く終わる幸せを噛みしめる。
そうこうするうちに検査結果が出て、また午前の半休の日がやってきた。いいと言うのについていくと言って聞かないので、また大地の車で病院に向かう。
「良性です。手術で問題なく取れるでしょう」
その言葉に安堵した。だが話には続きがある。
「癒着はないようですが、部位が部位ですから後遺症が出る可能性があります。身体や顔面の麻痺、味覚や嗅覚の異常、声の異常が出ることは覚悟しておいてください」
「後遺症……」
おかしな話だが、そこで初めて事の重大さを理解した。脳は繊細だ。例え良性の腫瘍でも、手術の影響で後遺症が出ることがある。だが腫瘍を放置することはできない。
大地も含めて話をして、十二月に手術の予約を取った。まだ九月末だというのに、その頃でないと脳外科医の空きがないのだという。
「やっぱりすぐ手術できる他の病院を探そう」
帰りの車でそう言われたが、今度も首を振った。
「いい。ここもいい病院だし、仕事の引継ぎもあるから十二月の方が都合がいい。上手くいけば年末年始の休暇と合わせて、最小限の休暇で済むかもしれない」
一ヵ月休むと言えばクビになる気がした。表向きはそんなことできなくても、あの部長と課長だ。辞めたくなるような条件の異動でも言い渡されるだろう。辞めずに残るとして、許される休暇は二週間。復帰後すぐに残業生活になるだろう。手続きの関係で人事部には病名を言わなければならないが、できれば直属の上司たちには病名まで言いたくない。仕事は仕方ないが、プライベートには一ミリも関わらせたくない。
半休の場合一時半までに出勤すればいいが、どうせ仕事が溜まっているだろうからと十二時に出勤した。
「今日、一人休んでいる」
通院だと言っているのに昊の体調を気遣うでもなく言う課長には、言い返す気力もなかった。時短社員の当欠。では今日は三時間残業コースか。諦めの境地が病を忘れさせてくれる。
「お疲れ。手伝うよ」
課長を含む同じ課のメンバーが綺麗に帰っていったあと、富澤がやってきた。
「病院に行っているって聞いた。今日は俺が全部やっておくから帰ってもいいぞ?」
そこだけ了承して帰ることになった。病院としても日曜は検査ができないから、このままいられても仕方ないのだろう。大地に支払いをしてもらって病院を出る。
半月やひと月の休暇が認められるような状況ではなかった。休むならクビだ。手術の費用もあるのにどうしたらいいだろう。それもあるが、内村に嫌われてしまわないだろうか。付き合い始めの恋人が病気なんて面倒でしかない。元々他人に興味のない彼なのだ。脳腫瘍自体に悩む暇もないほど考える。
週明けに半休を取って検査に行った。きちんとした結果が出るのは一週間後。もうMRIでおおよそ分かっているから脳腫瘍は確実なのだろう。あとは悪性かどうかと、手術で上手く取れるかどうか。悩んでも仕方ないから午後から普通に出勤する。ずっと頭痛薬を飲めばなんとかなる痛みだった。だから多分たいしたことはない。それより半日休んだ仕事の遅れが気掛かり。だがそこに救世主がいた。
「昊、おはよう」
大地に送られて病院から向かった職場ビル。執務室に入る前の廊下で迎えてくれたのは内村だった。
「身体どう?」
「検査してきて結果待ち。でも大丈夫だと思います」
大事になりそうだから、彼に脳腫瘍と言うのはやめようと思った。
「迷惑をかけてすみません。目を覚ますまで傍にいてもらったのに、ちゃんとお礼もできなくて」
「そんなことはいいって」
上手く言い表せないもどかしさを募らせるように彼が眉を寄せる。
「俺、どうしたら昊を護れる?」
他の人間にバレないように短く言う言葉が胸に沁みた。
「その気持ちだけで充分です。迷惑をかけられて、もう嫌いだと思われたらどうしようって思っていました。それがなければ」
「当たり前だ」
思いがけず激しい反応だった。
「ごめん」
「ううん。また二人で会いましょう? この先ちょっと忙しくなりそうだから難しいかもしれないですけど」
「仕事は俺がなんとかする」
その言葉だけで充分だった。だがその日から本当に、内村と富澤が可能な限りフォローに入ってくれる。もう顧客事務課の他のメンバーにも隠さず、空いている時間は堂々と手伝ってくれるようになった。課長に何か言われれば富澤が言い返してくれる。朝早くから手伝ってくれるお陰で、残業は二時間もかからなくなった。課長に睨まれていることは気づいているが、残業中にいない人間にどう思われようと構わない。腫瘍のことも忘れて、仕事が早く終わる幸せを噛みしめる。
そうこうするうちに検査結果が出て、また午前の半休の日がやってきた。いいと言うのについていくと言って聞かないので、また大地の車で病院に向かう。
「良性です。手術で問題なく取れるでしょう」
その言葉に安堵した。だが話には続きがある。
「癒着はないようですが、部位が部位ですから後遺症が出る可能性があります。身体や顔面の麻痺、味覚や嗅覚の異常、声の異常が出ることは覚悟しておいてください」
「後遺症……」
おかしな話だが、そこで初めて事の重大さを理解した。脳は繊細だ。例え良性の腫瘍でも、手術の影響で後遺症が出ることがある。だが腫瘍を放置することはできない。
大地も含めて話をして、十二月に手術の予約を取った。まだ九月末だというのに、その頃でないと脳外科医の空きがないのだという。
「やっぱりすぐ手術できる他の病院を探そう」
帰りの車でそう言われたが、今度も首を振った。
「いい。ここもいい病院だし、仕事の引継ぎもあるから十二月の方が都合がいい。上手くいけば年末年始の休暇と合わせて、最小限の休暇で済むかもしれない」
一ヵ月休むと言えばクビになる気がした。表向きはそんなことできなくても、あの部長と課長だ。辞めたくなるような条件の異動でも言い渡されるだろう。辞めずに残るとして、許される休暇は二週間。復帰後すぐに残業生活になるだろう。手続きの関係で人事部には病名を言わなければならないが、できれば直属の上司たちには病名まで言いたくない。仕事は仕方ないが、プライベートには一ミリも関わらせたくない。
半休の場合一時半までに出勤すればいいが、どうせ仕事が溜まっているだろうからと十二時に出勤した。
「今日、一人休んでいる」
通院だと言っているのに昊の体調を気遣うでもなく言う課長には、言い返す気力もなかった。時短社員の当欠。では今日は三時間残業コースか。諦めの境地が病を忘れさせてくれる。
「お疲れ。手伝うよ」
課長を含む同じ課のメンバーが綺麗に帰っていったあと、富澤がやってきた。
「病院に行っているって聞いた。今日は俺が全部やっておくから帰ってもいいぞ?」