恋は乗り越えられない試練を与えない。
「──昊! 昊!」
明け方、内村が呼ぶ声を聞いた気がした。応えなければと思うのに身体が言うことを聞かなくて、そのまま意識を落としてしまう。昨夜は内村が泊まることになって、いつまでもベッドで抱き合っていた。ひと眠りしたあと二人でシャワーを浴びた。それが何故? 夢現でそんなことを思った気がする。
気づいたとき、病院のベッドにいた。
「……透輝?」
人影に気づいて呼んでみる。よかった、声は出る。
「昊、よかった、気づいて。待って、今看護師さんを……」
何故そんな青い顔をしているのだろうと思うくらい、彼は憔悴していた。頬を撫でてやりたいのに、思うように身体が動かない。
「俺、どうしてこんなところにいるの? 今何時?」
背中を起こそうとすれば頭に痛みが走った。厳しい表情になった彼が肩に触れて、「起きない方がいい」とベッドに戻してくれる。
「今は日曜の昼一時。ここにいるのは、明け方昊が頭を押さえて起き上がれなくなったから。真っ青だったし、上手く話すこともできないみたいだったから病院に電話した」
記憶がないが、無意識に内村といくつかやりとりをしていたらしい。意思疎通ができないのを危険だと判断して、彼が救急に運んでくれた。
「ごめん。俺が無理をさせたから」
「違う。それは絶対に違います」
彼に余計なトラウマを背負わせたくなかった。
「幸せすぎてショートしたんです。透輝と一緒に過ごせて本当に幸せだったから」
「昊」
彼が身体を屈めて昊の頬に触れる。擽ったさに目を閉じて、けれど彼に甘える前にノックと共に引き戸が開けられる。
「昊。よかった、意識が戻ったんだな」
「兄さん?」
入ってきたのは大地だった。スッと身体を離した内村が頭を下げて、そのあと昊に顔を向ける。
「ごめん。勝手にスマホを弄ってお兄さんを呼ばせてもらった。俺じゃ分からないことも多かったから」
「それは別に。逆に迷惑をかけてごめん」
「ほんとにそうだ。内村さんにお礼しろよ。こんな時間まで付き合わせて」
「いえ、俺がここにいたいと言ったので」
二人のやりとりを不思議な気持ちで眺める。なんだか随分と大事になってしまった。
「俺、今日は失礼します。昊、また来るから」
そう言って、大地に頭を下げて内村は帰っていった。
「……またって、意識が戻ったんだから俺もすぐ帰るのに」
彼と離れる寂しさから呟けば、大地が眉を寄せて複雑な顔になる。どうせ疲労か何かでちょっと身体がおかしくなっただけだ。内村を驚かせて悪かった。すぐに家に戻って電話で話そう。だって彼とは恋人同士なのだ。まだデートらしいデートもしていないから、次の休日は出掛けてみたい。そう現実逃避の思考をやめられないのは何故だろう。
「先生を呼んでくる」
「いや、待って。お医者さんなんて忙しいでしょう? 軽症患者に構っている暇はないよ。俺、早く着替えて帰りたい」
嫌な予感に負けてしまわないうちに早口で言った。内村と初めて身体を重ねてこんなことになった。彼がまた、誰かを抱くのが怖いと思ったらどうしよう。思考が巡り出して、碌に話もせずに彼を帰らせたことを後悔する。
「軽症だと?」
大地の声に胸に嫌な痛みが走る。冗談では済まされない何かが起こっている。漸くそれを認める羽目になる。
「寝ている間にMRIが済んでいる。前頭葉に腫瘍があるそうだ」
一度に言われて理解が追いつかなかった。
「頭痛や吐き気があった筈だ。どうして病院に行かなかった?」
「どうしてって……」
それくらい、社会人なら当たり前にあることだと思っていた。それに病院に行くくらいなら部屋でのんびりしたいと思うほど、平日はいつも激務だった。そう。土日に開いている病院を探すのが面倒だったのだ。
「これから詳しい検査をすることになるけど、手術になるだろうって医者が言っていた。脳外科に強い病院を探しておく」
「待って、それはやめて」
大地なら医学系の伝手も多いが、無理を言って今後の仕事に影響が出ることは避けたかった。
「腫瘍なら組織の検査も必要なんでしょう? とにかく検査の結果を待って。明日以降に検査なら今日ここに泊まる必要はない」
考えたのは週明けも大量にやってくる仕事のことだ。入院なんてしている場合ではない。休めば仕事が消える訳ではない。休み明けの仕事が増えるだけだ。
「明日、朝一で検査に連れてくる」
明け方、内村が呼ぶ声を聞いた気がした。応えなければと思うのに身体が言うことを聞かなくて、そのまま意識を落としてしまう。昨夜は内村が泊まることになって、いつまでもベッドで抱き合っていた。ひと眠りしたあと二人でシャワーを浴びた。それが何故? 夢現でそんなことを思った気がする。
気づいたとき、病院のベッドにいた。
「……透輝?」
人影に気づいて呼んでみる。よかった、声は出る。
「昊、よかった、気づいて。待って、今看護師さんを……」
何故そんな青い顔をしているのだろうと思うくらい、彼は憔悴していた。頬を撫でてやりたいのに、思うように身体が動かない。
「俺、どうしてこんなところにいるの? 今何時?」
背中を起こそうとすれば頭に痛みが走った。厳しい表情になった彼が肩に触れて、「起きない方がいい」とベッドに戻してくれる。
「今は日曜の昼一時。ここにいるのは、明け方昊が頭を押さえて起き上がれなくなったから。真っ青だったし、上手く話すこともできないみたいだったから病院に電話した」
記憶がないが、無意識に内村といくつかやりとりをしていたらしい。意思疎通ができないのを危険だと判断して、彼が救急に運んでくれた。
「ごめん。俺が無理をさせたから」
「違う。それは絶対に違います」
彼に余計なトラウマを背負わせたくなかった。
「幸せすぎてショートしたんです。透輝と一緒に過ごせて本当に幸せだったから」
「昊」
彼が身体を屈めて昊の頬に触れる。擽ったさに目を閉じて、けれど彼に甘える前にノックと共に引き戸が開けられる。
「昊。よかった、意識が戻ったんだな」
「兄さん?」
入ってきたのは大地だった。スッと身体を離した内村が頭を下げて、そのあと昊に顔を向ける。
「ごめん。勝手にスマホを弄ってお兄さんを呼ばせてもらった。俺じゃ分からないことも多かったから」
「それは別に。逆に迷惑をかけてごめん」
「ほんとにそうだ。内村さんにお礼しろよ。こんな時間まで付き合わせて」
「いえ、俺がここにいたいと言ったので」
二人のやりとりを不思議な気持ちで眺める。なんだか随分と大事になってしまった。
「俺、今日は失礼します。昊、また来るから」
そう言って、大地に頭を下げて内村は帰っていった。
「……またって、意識が戻ったんだから俺もすぐ帰るのに」
彼と離れる寂しさから呟けば、大地が眉を寄せて複雑な顔になる。どうせ疲労か何かでちょっと身体がおかしくなっただけだ。内村を驚かせて悪かった。すぐに家に戻って電話で話そう。だって彼とは恋人同士なのだ。まだデートらしいデートもしていないから、次の休日は出掛けてみたい。そう現実逃避の思考をやめられないのは何故だろう。
「先生を呼んでくる」
「いや、待って。お医者さんなんて忙しいでしょう? 軽症患者に構っている暇はないよ。俺、早く着替えて帰りたい」
嫌な予感に負けてしまわないうちに早口で言った。内村と初めて身体を重ねてこんなことになった。彼がまた、誰かを抱くのが怖いと思ったらどうしよう。思考が巡り出して、碌に話もせずに彼を帰らせたことを後悔する。
「軽症だと?」
大地の声に胸に嫌な痛みが走る。冗談では済まされない何かが起こっている。漸くそれを認める羽目になる。
「寝ている間にMRIが済んでいる。前頭葉に腫瘍があるそうだ」
一度に言われて理解が追いつかなかった。
「頭痛や吐き気があった筈だ。どうして病院に行かなかった?」
「どうしてって……」
それくらい、社会人なら当たり前にあることだと思っていた。それに病院に行くくらいなら部屋でのんびりしたいと思うほど、平日はいつも激務だった。そう。土日に開いている病院を探すのが面倒だったのだ。
「これから詳しい検査をすることになるけど、手術になるだろうって医者が言っていた。脳外科に強い病院を探しておく」
「待って、それはやめて」
大地なら医学系の伝手も多いが、無理を言って今後の仕事に影響が出ることは避けたかった。
「腫瘍なら組織の検査も必要なんでしょう? とにかく検査の結果を待って。明日以降に検査なら今日ここに泊まる必要はない」
考えたのは週明けも大量にやってくる仕事のことだ。入院なんてしている場合ではない。休めば仕事が消える訳ではない。休み明けの仕事が増えるだけだ。
「明日、朝一で検査に連れてくる」