恋は乗り越えられない試練を与えない。
もう帰ったから心配しなくていいよと、そんなニュアンスで言った。恋人になったからといって、家族に紹介したいなんて重いことは言わない。内村が嫌がるなら尚更だ。
「内村さんが好きそうなやつ、一つ開けてみます? どれがいいですか?」
「じゃあ、これ」
気持ちは伝わったようで安堵した。昊はゲイを自覚して周りの反応などどうでもいいが、内村は知られたくないタイプかもしれない。彼が望むなら、ずっと二人だけの秘密でいい。
「お兄さんがいるんだ」
家族の話もそこで終わりでいいと思ったのに、意外に彼の方から聞いてきた。
「そう。八つも歳上だから父親みたいに過保護で」
弟にお菓子を与えることからして過保護だと気づいて小さく笑う。
「彼が勤めていた会社を辞めて起業すると言ったとき、反対する両親を俺が説得したんです。両親は次男の俺に甘いから。それで両親に許してもらって会社を興して。そのあと会社を成長させたのは兄の実力なのに、何故か会社が上手くいっているのは俺のお陰だって思い込んでいるみたいで」
そんな事情で世間の兄弟よりずっと大事にされている。もちろん社員にも配るだろうが、ダブった菓子折りや冷蔵保存が必要なゼリーが手に入れば、嬉々として運んでくる。
「いい兄弟」
「内村さん、兄弟は?」
家族の話はタブーな気もしたが、ここで聞かないのもおかしいから聞いてみる。
「俺は一人っ子」
「そんな気がします」
「ついでに親もいない」
「え?」
「ごめん、嘘。親はいる。ちゃんと父親と母親の遺伝子」
その言葉をどう取っていいか分からなかった。
「俺、代理母から産まれたんだ」
「代理母?」
「そう。受精卵を他人に預けて産んでもらうやつ」
さらりと言われて、昊の方は大いに混乱した。一つ話したら全て打ち明けなければならないと思っているのか、彼は淡々と続ける。
「母親は父親とどこまでも対等に仕事をしたい人で、年齢的にも身体的にもなんの問題もないのに、自分が妊娠出産することを拒んだんだ。妊娠なんかしたら身体がボロボロになるし、十ヵ月間キャリアがストップしてしまうって。それで他人の腹の中で育てて産んでもらった」
ちゃんと父親と母親の遺伝子と言った意味が分かった。
「えっと、俺詳しくないんですけど、代理母って日本で合法なんですか?」
「日本では認められていないから海外の病院でだな。一応、日系人を選んで頼んだらしいけど、俺は生みの親に会ったことがない。生みの親をどっちと言えばいいのか分からないけど」
なんと言ってやるのが正解か分からなかった。ごく普通の家庭で育ってきた昊にはあまりにも遠い話で、本当にそんな風に産まれてきた子がいるなんて信じられない。だが現に今目の前に彼がいる。
「元々子どもなんて作る気がなかった夫婦が、なんの気紛れか一時的に子どもが欲しくなって作った。けどその一時的はすぐに終わる」
話して楽になったというように彼は話し続ける。ごく穏やかな表情。微かに笑っているようにも見えるのに、見ていれば胸が痛くなるのは何故だろう。
「産まれた赤ん坊を引き取る頃には二人の『子を持ちたいブーム』は終わっていた。物珍しさで構っていたのも十日くらいだったらしい。その後は父方の祖母が引き取って育ててくれて」
ああ、彼は全部打ち明けてしまいたいのだと思った。それなら付き合うまでだ。彼の膝の上でその手を握ってみる。拒絶されないから力を籠めてやれば、彼の顔に作りものではない感情が戻ってくる。ありがと、と言って昊の手を握り返してくれる。
「祖母は優しかった。まだ若かったから、本物の母親みたいに育ててくれた。祖父もぎこちないながら懸命に俺に関わろうとしてくれた。でも、いい人ほど早く亡くなるもので」
小学校に上がる前に立て続けに祖父母が亡くなったという。
「母方の祖父母は早くに亡くなっていたから、仕方なく俺は両親のもとに戻された。でも二人とも仕事人間だから、そのうち家政婦さんが来るようになって、生活の面倒は家政婦さんが見てくれるようになった。平日も休日も。二人とも家じゃ仕事にならないと言って、どこかに泊まることが多かったから。家には帰らないくせに、二人で外で会ってデートすることもあったらしい。とことん家庭というものに向いていない二人だったんだな」
そんな風になるなら、子どもなんて作るなよと言いたかった。そんな親の態度に傷つかない子どもはいない。子どものいない昊にだって分かる。
「二人とも稼ぎがよかったからお金に不自由はしなかった。でも二人とも用心深いから、家政婦は一年ごとに代えられた」
「どうして?」
「一人の人間を長く家に通わせると、盗みを働いたり俺を誑かしたりしそうで嫌だって。だからせっかく仲よくなった頃、別の家政婦に代わって、そのうち仲よくなろうとも思わなくなった。信頼できる大手の会社を選んだくせに、両親はそこから派遣されてくる人間も信用していなかったんだ」
「内村さんが好きそうなやつ、一つ開けてみます? どれがいいですか?」
「じゃあ、これ」
気持ちは伝わったようで安堵した。昊はゲイを自覚して周りの反応などどうでもいいが、内村は知られたくないタイプかもしれない。彼が望むなら、ずっと二人だけの秘密でいい。
「お兄さんがいるんだ」
家族の話もそこで終わりでいいと思ったのに、意外に彼の方から聞いてきた。
「そう。八つも歳上だから父親みたいに過保護で」
弟にお菓子を与えることからして過保護だと気づいて小さく笑う。
「彼が勤めていた会社を辞めて起業すると言ったとき、反対する両親を俺が説得したんです。両親は次男の俺に甘いから。それで両親に許してもらって会社を興して。そのあと会社を成長させたのは兄の実力なのに、何故か会社が上手くいっているのは俺のお陰だって思い込んでいるみたいで」
そんな事情で世間の兄弟よりずっと大事にされている。もちろん社員にも配るだろうが、ダブった菓子折りや冷蔵保存が必要なゼリーが手に入れば、嬉々として運んでくる。
「いい兄弟」
「内村さん、兄弟は?」
家族の話はタブーな気もしたが、ここで聞かないのもおかしいから聞いてみる。
「俺は一人っ子」
「そんな気がします」
「ついでに親もいない」
「え?」
「ごめん、嘘。親はいる。ちゃんと父親と母親の遺伝子」
その言葉をどう取っていいか分からなかった。
「俺、代理母から産まれたんだ」
「代理母?」
「そう。受精卵を他人に預けて産んでもらうやつ」
さらりと言われて、昊の方は大いに混乱した。一つ話したら全て打ち明けなければならないと思っているのか、彼は淡々と続ける。
「母親は父親とどこまでも対等に仕事をしたい人で、年齢的にも身体的にもなんの問題もないのに、自分が妊娠出産することを拒んだんだ。妊娠なんかしたら身体がボロボロになるし、十ヵ月間キャリアがストップしてしまうって。それで他人の腹の中で育てて産んでもらった」
ちゃんと父親と母親の遺伝子と言った意味が分かった。
「えっと、俺詳しくないんですけど、代理母って日本で合法なんですか?」
「日本では認められていないから海外の病院でだな。一応、日系人を選んで頼んだらしいけど、俺は生みの親に会ったことがない。生みの親をどっちと言えばいいのか分からないけど」
なんと言ってやるのが正解か分からなかった。ごく普通の家庭で育ってきた昊にはあまりにも遠い話で、本当にそんな風に産まれてきた子がいるなんて信じられない。だが現に今目の前に彼がいる。
「元々子どもなんて作る気がなかった夫婦が、なんの気紛れか一時的に子どもが欲しくなって作った。けどその一時的はすぐに終わる」
話して楽になったというように彼は話し続ける。ごく穏やかな表情。微かに笑っているようにも見えるのに、見ていれば胸が痛くなるのは何故だろう。
「産まれた赤ん坊を引き取る頃には二人の『子を持ちたいブーム』は終わっていた。物珍しさで構っていたのも十日くらいだったらしい。その後は父方の祖母が引き取って育ててくれて」
ああ、彼は全部打ち明けてしまいたいのだと思った。それなら付き合うまでだ。彼の膝の上でその手を握ってみる。拒絶されないから力を籠めてやれば、彼の顔に作りものではない感情が戻ってくる。ありがと、と言って昊の手を握り返してくれる。
「祖母は優しかった。まだ若かったから、本物の母親みたいに育ててくれた。祖父もぎこちないながら懸命に俺に関わろうとしてくれた。でも、いい人ほど早く亡くなるもので」
小学校に上がる前に立て続けに祖父母が亡くなったという。
「母方の祖父母は早くに亡くなっていたから、仕方なく俺は両親のもとに戻された。でも二人とも仕事人間だから、そのうち家政婦さんが来るようになって、生活の面倒は家政婦さんが見てくれるようになった。平日も休日も。二人とも家じゃ仕事にならないと言って、どこかに泊まることが多かったから。家には帰らないくせに、二人で外で会ってデートすることもあったらしい。とことん家庭というものに向いていない二人だったんだな」
そんな風になるなら、子どもなんて作るなよと言いたかった。そんな親の態度に傷つかない子どもはいない。子どものいない昊にだって分かる。
「二人とも稼ぎがよかったからお金に不自由はしなかった。でも二人とも用心深いから、家政婦は一年ごとに代えられた」
「どうして?」
「一人の人間を長く家に通わせると、盗みを働いたり俺を誑かしたりしそうで嫌だって。だからせっかく仲よくなった頃、別の家政婦に代わって、そのうち仲よくなろうとも思わなくなった。信頼できる大手の会社を選んだくせに、両親はそこから派遣されてくる人間も信用していなかったんだ」