未来の次の恋

「ストーカーね。初犯なら一年以下の懲役又は百万円以下の罰金だな。相当悪質な場合に限るけど」
「だよね。何度も電話したらダメだよね」
 土曜の午後。施術台の上で俯せになったまま、整体師の彼にここ最近の出来事を話していた。温熱シート内臓のベッドで、施術着に着替えた身体がぽかぽかと温まって気持ちいい。また一晩中悩む羽目になったが、ここに来て気持ちが少し回復した。
 加村治療院。誠の背中を解してくれているのが実の兄の加村こうだ。
「お前の見たものから想像するに、そのマネージャーの男と恋愛をして、初めは上手くいくんだろうな。けど段々男の気持ちが離れて、それに耐えられなくなったお前が花瓶を割ったり、何度も電話したりするようになる。で、最後は警察に突き出される」
「うん。俺も同じことを考えた」
 凝り固まった肩を伸ばすようにされて、その心地よさに声が零れる。整体師としてのキャリアは浅いが、やはり光の腕は一流だ。プラス兄弟だから、誠の身体の悪い部分を的確に癒してくれる。
「交番でいきなり逮捕ということにはならないだろうけど、交番に誘導するような相手との関係なんて考えても怖いだけだろ? 恋を失うだけならまだしも、警察が絡むなら仕事も普通の生活も全て失う可能性がある」
「それも考えた」
 はい終了と身体を起こされて、ベッドの端に座れば、光が後ろから肩を揉んでくれた。「寝不足だろ?」と聞かれて頷けば、彼がこめかみの辺りも解してくれる。
「好きなものを諦めさせるようなことは言いたくないけど、お前の能力を考えれば、その男と恋愛はしないでおいた方が無難だな」
「分かってる。それにまだ好きになった訳じゃない」
 光は九歳年上の兄で、誠の厄介な能力のことも知っていた。というより、予知の能力は彼の方が高いのだ。
 元々誠と光の祖母が、田舎町で密かに予言師をして生計を立てていたような人間だった。若い頃には、彼女のお陰で町が災害や事故から逃れたこともあったという。孫が生まれる頃には派手な予言はしなくなったが、それでも近所の人間が息子の結婚相手について助言を聞きに来たり、家を建てる前の設計図を持って来たりすることがやまない。そんな祖母の力を、誠と光が少しずつ引き継いだという訳だ。
 小さな事故や突然の大雨や渋滞。祖母と違って予知できるのはその程度だったが、誠も以前は自分のことだけでなく家族や友人に関することが分かった。だが祖母の能力をよく思っていなかった母親が、予知や占いの類を毛嫌いしていたのだ。
 賢い光は能力を隠しながら家族を小さな不運から護って、上手く立ち回っていた。それが誠にはできなかった。幼い頃は未来の不運が見えれば言わずにいられなくて、おかしなことを言うものではないと母親に叱られた。コップが倒れてテーブルが水浸しになるとか、雨が降って洗濯物がダメになるとかその程度だったが、誠の予知が当たるたびに母親は不機嫌になった。お義母さんに似て気味の悪い子。そう、いつからか母親に距離を置かれるようになって、その頃から誠には別のものが見えるようになったのだ。
 自分が目の前の相手を好きになった場合の惨事。きちんと自覚したのは中学のときだが、その前から同じ現象を経験していた。成人して社会人になっても厄介な能力が消えることはなく、もう恋愛の方を諦めようという思考になった。厄介な能力だけが残って、今の誠に災害や事故を予知する力はほとんどない。何故こんな厄介なものを背負う羽目になったか分からない。既に祖母も亡くなっているから、助言を受けることもできない。
「そんな落ち込むなって」
 暗い顔のまま考え込んでしまって、気がつけば光が誠の前にしゃがんで、俯く誠の顔を見上げていた。
「寝不足というよりほとんど寝てないって感じだな。クマが酷い」
 指先で目の下を撫でられて、擽ったさに表情が緩む。光は昔から、歳の離れた誠を自分の子どものように可愛がってくれた。母親に距離を置かれるようになってからは大袈裟でなく両親以上に大事にしてくれて、だからこんな普通の兄弟なら少し異常だと思われそうなやりとりも、二人にとっては普通なのだ。
「お前が犯罪者になってでも恋を貫きたいって言うなら、俺が弁護してやるから心配するな」
「それはちょっと見てみたいかも」
「おい、本気にするな。犯罪者になんかなるなよ」
「分かってるよ」
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