未来の次の恋
一緒に帰ろうと言われないうちに片付けて立ち上がった。
「一週間ありがとうございました。来週もよろしくお願いします」
「……こちらこそ」
相変わらず、部下にも礼を尽くすタイプで困ってしまう。だがとにかく今週はこれで終わる。安堵しながら発送部屋を出ようとする。だがなんとなく予感していた通り、ただでは済まなかった。つれない態度への意趣返しとでもいうように、彼は誠が週末も悩む羽目になる言葉を向けてくる。
「やっぱり素顔はいいね。加村さんは綺麗な顔立ちをしているから」
そこで漸く失態に気づいた。彼の登場に動揺して、マスクも伊達眼鏡もデスクに置いたままだ。薄々分かってはいただろうが、ハウスダストアレルギーが嘘だというのがバレてしまっている。
置いて帰る訳にもいかないので、デスクに戻ってマスクと眼鏡を回収した。まだ発送部屋の作業台の前に座っている彼に目を遣れば、不満や意地悪というものが微塵もない、穏やかな微笑みを向けられる。途端に身体がカッと熱くなった。優しげに目を細めている。包容力があってこその優しさだと、たかが一週間一緒にいただけで分かっている。多分彼には敵わない。最後には好きになってしまう。強烈な予感を振り払うようにエレベーターホールに駆けていく。
なかなか上がってこないエレベーターの代わりに、脳内ではまた新たな映像が再生された。床に叩きつけられた花瓶が割れる映像。金属の枠の中にガラスの器が入ったデザインの花瓶。恐らく感情を抑えきれなくなった誠が割ったのだろう。払おうとすれば、また別の映像がやってくる。この間も見た光景だ。堪らない気持ちでリダイヤルを繰り返すスマートフォン。何十回と掛けて漸く繋がった先の彼の言葉。景色が歪むほど暑いアスファルトの道を行った先の交番。彼のごめんという言葉。警察官の制服。前回よりはっきりと誠に見せつけてくる。
「嫌だ……」
漸く乗り込んだエレベーターで、また壁に頭を寄せて泣きたい気分になった。恋などしなくていいと言っているのに、何故相手が現れてしまうのだろう。もう沢山だ。辛い思いをするくらいなら、一人静かに生きていきたいのに、どうして。
職員用の裏口からビルを出れば、湿度が逃げ場をなくしたような蒸し暑い空気に包まれた。息が詰まって、一週間溜め込んできた疲労が倍増する。
「俺が何をしたっていうんだ」
これまで何度か呟いてきた言葉をまた声にして、上手く呼吸ができないくらいに苦しい道を帰っていった。
「一週間ありがとうございました。来週もよろしくお願いします」
「……こちらこそ」
相変わらず、部下にも礼を尽くすタイプで困ってしまう。だがとにかく今週はこれで終わる。安堵しながら発送部屋を出ようとする。だがなんとなく予感していた通り、ただでは済まなかった。つれない態度への意趣返しとでもいうように、彼は誠が週末も悩む羽目になる言葉を向けてくる。
「やっぱり素顔はいいね。加村さんは綺麗な顔立ちをしているから」
そこで漸く失態に気づいた。彼の登場に動揺して、マスクも伊達眼鏡もデスクに置いたままだ。薄々分かってはいただろうが、ハウスダストアレルギーが嘘だというのがバレてしまっている。
置いて帰る訳にもいかないので、デスクに戻ってマスクと眼鏡を回収した。まだ発送部屋の作業台の前に座っている彼に目を遣れば、不満や意地悪というものが微塵もない、穏やかな微笑みを向けられる。途端に身体がカッと熱くなった。優しげに目を細めている。包容力があってこその優しさだと、たかが一週間一緒にいただけで分かっている。多分彼には敵わない。最後には好きになってしまう。強烈な予感を振り払うようにエレベーターホールに駆けていく。
なかなか上がってこないエレベーターの代わりに、脳内ではまた新たな映像が再生された。床に叩きつけられた花瓶が割れる映像。金属の枠の中にガラスの器が入ったデザインの花瓶。恐らく感情を抑えきれなくなった誠が割ったのだろう。払おうとすれば、また別の映像がやってくる。この間も見た光景だ。堪らない気持ちでリダイヤルを繰り返すスマートフォン。何十回と掛けて漸く繋がった先の彼の言葉。景色が歪むほど暑いアスファルトの道を行った先の交番。彼のごめんという言葉。警察官の制服。前回よりはっきりと誠に見せつけてくる。
「嫌だ……」
漸く乗り込んだエレベーターで、また壁に頭を寄せて泣きたい気分になった。恋などしなくていいと言っているのに、何故相手が現れてしまうのだろう。もう沢山だ。辛い思いをするくらいなら、一人静かに生きていきたいのに、どうして。
職員用の裏口からビルを出れば、湿度が逃げ場をなくしたような蒸し暑い空気に包まれた。息が詰まって、一週間溜め込んできた疲労が倍増する。
「俺が何をしたっていうんだ」
これまで何度か呟いてきた言葉をまた声にして、上手く呼吸ができないくらいに苦しい道を帰っていった。