未来の次の恋
千布花江の怪我は実は嘘だと久慈が教えてくれた。独身男性の希望の星と言われている彼女は、恋愛も所属事務所に厳しく管理されていたらしい。だが彼女も結婚を考える時期で、そのことで事務所と揉めていたという。既に結婚の約束をした相手がいて、これ以上縛るなら辞めると言い出した彼女と和解して、事務所は結婚と仕事のセーブを認めた。怪我の情報を出したのは、一度発表してしまった舞台の主役を自然な形で同じ事務所の後輩に譲るためだ。
久慈との写真は紺華建設のパーティーで話したときのものをそれらしく加工されたと彼は言った。スペックがいかにもだから誤報が追随したが、それもこれから紺華建設の弁護士が正していく。その前に千布の結婚発表があるかもしれない。相手が久慈でなかった時点で誤報は散る。
お騒がせしてすみませんでしたと社員たちの前で頭を下げて、久慈は紺華バリューに復帰した。誤報とはいえ騒ぎを起こしてしまった責任で出向解除になるかと心配したが、予定通り一年は任期を務めることになった。という訳で、彼はマネージャー兼総務部のような立場で仕事を再開した。また彼と昼休憩に出るようになって、誠の体調も回復している。千布と噂になったことで、ますます男性同士の関係を想像されにくくなったとポジティブなことを言う彼の傍で、誠もバレない程度に彼との職場生活を楽しんでいる。
穏やかな日々が戻ってきたところで、一度二人で光のところに挨拶に行った。誠がボロボロになっていた夜、やはり光が久慈を呼びつけて叱ったという。大変な時期に光が酷い態度を取って申し訳なかったと詫びれば、そうされて仕方ない状況だったと彼は首を振る。
「これからはちゃんと護りますから、誠さんとのことを許してください」
治療院のカウンセリング用のテーブルで頭を下げた久慈に、光は諦めたような表情を見せた。まるで初めからそうするつもりだったというように、誠のことを話してくれる。
「言っておくが、誠の能力は本物だ。偶然では済まされないことを何度も経験している。またあんたとの惨事を見て怯えることがあるかもしれない。それに耐えられるか?」
「もちろん」
迷いなく応える久慈を少しは信用できたというように、光が意外な事実を打ち明けてくれる。
「能力は本物だが、俺が誘導したことも何度もあった。幼少期の記憶なんて曖昧だから、俺があとから作り替えたものを何度も聞かせて、誠の記憶をすり替えたこともある」
「え……」
それは初めて聞いた。
「どうして」
「俺が誠を独り占めしたかったからだ」
もう隠す必要はないという様子で彼は白状した。
「能力に怯えていれば誠が誰にも取られないと思ったからだ。俺だけを信じて、俺の傍で生きていけばいいってな。昔から可愛い弟だから。いや、違うな。誠が一番俺のことを理解してくれるから」
「兄さん……」
ずっと誠が光に頼り切っていたと思ってきた。だが光には光の想いがあったらしい。
「俺が誠の人生を狭めていた部分もあったんだろう。悪かった。もうお前の人生を邪魔するようなことはしない」
光のしたことを恨むことはない。ずっと大事にされてきた。彼のお陰で苦しい時期を乗り越えることができた。これまで甘えすぎだった。これからは彼に頼りすぎずに、自身の人生を生きていこうと思う。
「これからも尊敬する兄さんであることは変わらないよ。また整体にも来るからよろしくお願いします」
「ああ。実家にもたまには顔を出せ。母さんは実はお前に会いたがっているんだ」
「うん」
何故か素直に頷くことができた。時間は掛かるかもしれない。だが今の自分なら、疎遠だった母親とも和解できそうだと思えてくる。
治療院を出ればその日もゴミ一つ落ちていないアスファルトが続いていた。久慈と並んで、その綺麗な道を歩いていく。
「僕もまたいつか、お兄さんの施術を受けに行きたいな。お兄さんの腕は一流だから」
「もう大丈夫なんじゃないですか? 兄さんはとっくに久慈さんのことを認めているみたいだし」
「だと嬉しい。そうだ。あの練り切りを差し入れに買っていこうか。突っ込みどころの多さに、お兄さんの気持ちも和らぐかもしれない」
「それはどうかな」
あれこれと相談しながら、もうさして心配はないだろうと分かっている。
「さて、前に行けなかった水族館に行こうか? それともあのお巡りさんに会いに行ってみる?」
「お巡りさんに会いたいです。意味不明だと思われるでしょうけど、会えたら一言お礼が言いたい。非番かもしれないですけど」
「いいね。きっと会えるよ。ついでにコスモスを見て帰ろう」
「はい」
街中だというのに手を握られて、誠もぎゅっと握り返す。もう怯えることのない恋人関係を目一杯楽しみたい。誠の人生は何物にも制限されたりしない。
一つ強くなった心で、コスモス色の景色を感じながら、彼と予知の未来を超えた先へと歩いていくのだった。
久慈との写真は紺華建設のパーティーで話したときのものをそれらしく加工されたと彼は言った。スペックがいかにもだから誤報が追随したが、それもこれから紺華建設の弁護士が正していく。その前に千布の結婚発表があるかもしれない。相手が久慈でなかった時点で誤報は散る。
お騒がせしてすみませんでしたと社員たちの前で頭を下げて、久慈は紺華バリューに復帰した。誤報とはいえ騒ぎを起こしてしまった責任で出向解除になるかと心配したが、予定通り一年は任期を務めることになった。という訳で、彼はマネージャー兼総務部のような立場で仕事を再開した。また彼と昼休憩に出るようになって、誠の体調も回復している。千布と噂になったことで、ますます男性同士の関係を想像されにくくなったとポジティブなことを言う彼の傍で、誠もバレない程度に彼との職場生活を楽しんでいる。
穏やかな日々が戻ってきたところで、一度二人で光のところに挨拶に行った。誠がボロボロになっていた夜、やはり光が久慈を呼びつけて叱ったという。大変な時期に光が酷い態度を取って申し訳なかったと詫びれば、そうされて仕方ない状況だったと彼は首を振る。
「これからはちゃんと護りますから、誠さんとのことを許してください」
治療院のカウンセリング用のテーブルで頭を下げた久慈に、光は諦めたような表情を見せた。まるで初めからそうするつもりだったというように、誠のことを話してくれる。
「言っておくが、誠の能力は本物だ。偶然では済まされないことを何度も経験している。またあんたとの惨事を見て怯えることがあるかもしれない。それに耐えられるか?」
「もちろん」
迷いなく応える久慈を少しは信用できたというように、光が意外な事実を打ち明けてくれる。
「能力は本物だが、俺が誘導したことも何度もあった。幼少期の記憶なんて曖昧だから、俺があとから作り替えたものを何度も聞かせて、誠の記憶をすり替えたこともある」
「え……」
それは初めて聞いた。
「どうして」
「俺が誠を独り占めしたかったからだ」
もう隠す必要はないという様子で彼は白状した。
「能力に怯えていれば誠が誰にも取られないと思ったからだ。俺だけを信じて、俺の傍で生きていけばいいってな。昔から可愛い弟だから。いや、違うな。誠が一番俺のことを理解してくれるから」
「兄さん……」
ずっと誠が光に頼り切っていたと思ってきた。だが光には光の想いがあったらしい。
「俺が誠の人生を狭めていた部分もあったんだろう。悪かった。もうお前の人生を邪魔するようなことはしない」
光のしたことを恨むことはない。ずっと大事にされてきた。彼のお陰で苦しい時期を乗り越えることができた。これまで甘えすぎだった。これからは彼に頼りすぎずに、自身の人生を生きていこうと思う。
「これからも尊敬する兄さんであることは変わらないよ。また整体にも来るからよろしくお願いします」
「ああ。実家にもたまには顔を出せ。母さんは実はお前に会いたがっているんだ」
「うん」
何故か素直に頷くことができた。時間は掛かるかもしれない。だが今の自分なら、疎遠だった母親とも和解できそうだと思えてくる。
治療院を出ればその日もゴミ一つ落ちていないアスファルトが続いていた。久慈と並んで、その綺麗な道を歩いていく。
「僕もまたいつか、お兄さんの施術を受けに行きたいな。お兄さんの腕は一流だから」
「もう大丈夫なんじゃないですか? 兄さんはとっくに久慈さんのことを認めているみたいだし」
「だと嬉しい。そうだ。あの練り切りを差し入れに買っていこうか。突っ込みどころの多さに、お兄さんの気持ちも和らぐかもしれない」
「それはどうかな」
あれこれと相談しながら、もうさして心配はないだろうと分かっている。
「さて、前に行けなかった水族館に行こうか? それともあのお巡りさんに会いに行ってみる?」
「お巡りさんに会いたいです。意味不明だと思われるでしょうけど、会えたら一言お礼が言いたい。非番かもしれないですけど」
「いいね。きっと会えるよ。ついでにコスモスを見て帰ろう」
「はい」
街中だというのに手を握られて、誠もぎゅっと握り返す。もう怯えることのない恋人関係を目一杯楽しみたい。誠の人生は何物にも制限されたりしない。
一つ強くなった心で、コスモス色の景色を感じながら、彼と予知の未来を超えた先へと歩いていくのだった。