未来の次の恋

 もうマスコミ対策はできているからという言葉を信じて、その日は彼の部屋に泊まることになった。彼と別れて警察に捕まるつもりでいたのに信じられない。だが惨事を回避した誠に怖いものはなかった。彼が欲しいと言ってくれるのなら従う。
 リビングで彼が用意してくれた食事を摂って、シャワーに入った。着心地のいいバスローブ姿で、あとからバスルームに向かった彼を待っている。旅行のときは結局できなかった。男に抱かれるのはどんな感じだったろうと思い出そうとしてみるが、何年も前のことなので記憶が怪しい。だが不安はない。これから先、別の予知が現れることがあっても、少なくても今夜は予知の映像を見ることはない。惨事を避けるために好きでもない相手に抱かれる必要もない。なんの心配もなく、好きな相手に抱かれるのは久慈が初めてだ。
「お待たせ。どう? 待っている間にやっぱり嫌になったりしていない?」
 彼は無理をしなくていいと言ってくれた。やめたいと言えば引いてくれる。それが分かるから、逆に彼のものになろうと気持ちが決まる。
「望んでいるのは久慈さんだけじゃないし、俺もいい加減あなたのものになりたい」
「嬉しい言葉だけど、せっかくなら久慈さんじゃなく恭介にして」
「う……、恭介さん……」
「誠」
 ベッドの端に座って抱きしめ合って、彼が頬や首元にキスをくれる。
「そうだ」
 そこで彼が腕を離して立ち上がった。灯りを全て消して、寝室用の小さなテレビの電源を入れる。
「小さなものだから、前のホテルのようにはいかないけど」
 そう言って彼がリモコンを操作すれば、旅行のときと同じ青い深海の画面が現れた。
「気に入ってくれていたみたいだから」
「凄い。まさか再現してくれるなんて」
「ふふ。元々リラックス用の映像なんだけど、誠と観たいなって思っていたんだ」
 暗い部屋の壁に青い光が反射して、一瞬で海の中にいるような感覚に包まれる。
「また観たいなって思っていました。……でももう観られないんだろうなって」
「どうして?」
「旅行のあと、振られると思っていたから」
 カフェで白状した本音をもう一度告げれば、ベッドに戻った久慈が抱き寄せてくれる。
「ごめん。大事に護りたいと思うのに、僕は誠を不安にさせてばかりいる」
「いえ」
 一人で悩むのは誠が悪い。ちゃんと聞いて傷つくのが怖くて、不確かのものに悩んでばかりいた。これから直していけたらいい。傷つく現実にぶつかることがあっても、今できることは何かと考えられる自分になりたい。誠の周りには誠が決めることができる現実が流れている。予知で見える未来通りに進むのではない。例えまた予知の未来を見ることがあっても、その先を変えていける人間になりたい。久慈のお陰で一つ未来が変わって、自分にそれが可能だと思えるようになった。もう何もしないで諦めるようなことはしない。
「誠」
 物思いを咎めるように、彼の唇が額に触れた。擽ったさに震えるうちに唇を奪われる。そのまま押し倒されて、誠より一回り大きい彼が覆い被さってくる。深いキスに応えるうちにローブの前を開けられて、彼の前に素肌を晒してしまう。
「ん……」
 羞恥を感じるより先に彼の手が素肌を撫でて、その堪らない感覚に身悶える。
「気持ちいい?」
 耳元で問われて頷いた。頬が染まるのを自覚する。好きになった相手とこうできる日が来るとは思わなかったから、自身の手ではない感覚に高められてしまう。同じように肌を晒した彼の背に手を伸ばして、誠もその肌に触れる。互いに身体の至るところに触れて、反応と体温を感じ合う。ただそれだけのことがどうしようもなく心地いい。
 音もなく深海の青を流し続けるテレビの光を反射して、部屋中が青く揺らめくように色を変えた。美しくて神秘的な場所に二人きりでいる。海の底にいるのに呼吸ができて、自分たちが特別な存在になったようだ。その非現実に何故かとても昂ってしまう。
「あ……」
 触れ合ううちに彼の手が誠の中心に伸びてきた。躊躇いなく触れた指先がそのまま擦り上げる。思うよりずっと身体が歓喜に震えて、照れ隠しもあって誠も彼のものに手を伸ばす。
「……っ」
 彼が眉を寄せる様子に誠の身体も堪らなく昂る。彼によくなってほしいから触れる。そんな気持ちも多分初めてのものだ。
「誠、待って」
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