未来の次の恋
紺華建設のCM女優が、その会長の孫と結婚予定。スクープの内容はそういうことだ。矢崎と話した日の帰り、同じ週刊誌を買って帰って記事の内容を隅から隅まで読んだ。既に両家の顔合わせも済んで結婚式の日取りも決まっている。パーティーでは仲睦まじく過ごしていたと書いてあった。そんな筈はない。久慈は自分の恋人だと、現実を認められない誠を嘲笑うかのように、夜のニュースの芸能コーナーでも千布花江婚約というニュースが流れる。テレビでまで報道されるなら間違いない。久慈は千布花江と結婚する。
訳が分からなかった。男性の名前や顔は報道されていないし、紺華建設会長の孫は一人ではない。だが見る人が見ればすぐに写真の男は久慈だと分かってしまう。
誠に残したメモの通り、翌日から彼は出社しなくなった。その理由はすぐに分かる。久慈が今紺華バリューで働いているという事実を突き止めたマスコミが何社か受付にやってきた。一律「お答えすることはありません」と返して帰ってもらうこと。受付に出た社員はその指示通りにしているが、今度はお客さま専用ダイヤルに取材希望の電話が入った。誠も芸能ジャーナリストを名乗る人物からの外線を一本取り、それだけで体力を削り取られる。
名倉の対応は早く、すぐに対面と電話のマスコミ対応マニュアルが展開された。受付の人間も毅然と対応するし、コールのヘルプに入る誠も「こちらはお客さま専用の番号ですので」と言って、興味本位のジャーナリストをシャットアウトする。面白がって久慈のことを喋るようなスタッフはいない。だが相変わらず久慈は出社しない。マネージャーという立場と彼の人柄のお陰で悪口を聞くようなことはないが、それでもスタッフがみな胸に落ち着かないものを抱えて仕事をする羽目になった。一部の人間しか知らなかった久慈が紺華建設会長の孫だという事実も、今では知らない者はいない。
淡々と日々の仕事を熟した。久慈が来る前と同じように忙しい時間を過ごすが、残業する気にはなれなくて昼休憩を取らずに仕事を続ける。食欲がないからちょうどいい。三食ともまとも食事を摂らずに、たまに思い出したように引き出しに残っている和菓子を口にする。それも味がしない。
久慈が作ってくれたシステムのお陰で、毎日発送業務はスムーズに終わった。休憩をせずに仕事を続けていれば定時前にその日のノルマを終えてしまう。だが時間の余裕ができれば久慈のことを考えずにいられなくて苦しさが増すだけだ。
『俺にできることがあれば連絡をください』
一度耐え切れずにそうメッセージを入れてみたが、返信はなかった。付き合い始めてから毎晩のようにあった連絡がぱたりとなくなって、そのことがメンタルを悪化させる。そうこうするうちに彼が早退してから一週間が過ぎてしまう。会えない週末は更に誠を痛めつけた。一人でいれば悪い想像ばかりが膨らんでいく。それなのに光のところに行く気にもなれない。もう誠をいらないと思っているのではないか。今頃千布花江と一緒に誠を笑っているのではないか。久慈はそんな人間ではないと思いたいのに、ネガティブな想像が誠を苦しめる。
いつのまにかネットでも記事が出るようになって、紺華バリューの社名と久慈の顔写真まで公開されるようになった。久慈を否定するような記事が少ないのが幸いだが、千布花江のパーフェクトな結婚相手という見出しを見れば傷ついてしまう。そんなネットの影響で、週明けから更に紺華バリューへのマスコミの攻撃は激しくなる。余計な電話が入る分コールの人員が足りなくなって、誠も多くの時間をコールのヘルプとして過ごす。マスコミなら突っぱねてしまえても、お客さまから「お宅の久慈さんの件はおめでとうございます」と言われれば、何も言えないなりに話に応じなければならない。そんな日が二日、三日と続いて、時々自分が一体何をしているのか分からなくなる。
家に帰っても寝られず食べられずで、仕方がないからテレビを点けてみるが、タイミング悪く千布花江が出演するドラマを目にしてしまう。チャンネルを変えれば今度は紺華建設のCMが流れて、八つ当たりでリモコンを床に叩きつけてしまった。こんなことをする自分ではないと思うのに制御できない。
久慈のお陰で自分が好きになれそうな気がした。だが彼がいなくなれば魔法は解けてしまう。自分は何も変わっていない。母親に嫌われないようにお菓子で喜んだフリをしていた子どものままだ。報道以上の真実を調べることも、久慈に会う方法を探すことも初めから諦めている。だって婚約報道の出た美しい女優に、どうして太刀打ちできるだろう。
リモコンを拾い上げてテレビを消そうとした瞬間、もう一度流れた千布のCMに、一度に頭に血が上った。何故誠がたった一つ欲しいものを奪うのだろう。派手な暮らしがしたい訳でも高価な家や車が欲しい訳でもない。仕事はこつこつやれれば充分で、みなから称賛されるような派手な実績も望んでいない。ずっと関係を修復できなかった母親とのことも、もう諦めはついている。
千布にはあるではないか。輝くような美貌も芝居の実力もあって、独身男性の希望の星と呼ばれるほどみなに好かれている。財産も頼りになる事務所スタッフも家族だっている。それなのに何故久慈まで奪うのだろう。彼女なら他にも相手はいるではないか。誠にはいない。予知の能力を知っても好きでいてくれる相手なんて他にいない。それなのにどうして。
黒い気持ちが募っていく。チリチリと燃えていただけだったものが、次第に制御できないほど燃え上がる。誠本人すら焼き尽くすように燃え上がる炎に困って、楽になる呪文を一つ唱える。
「……転んで怪我でもすればいいのに」
訳が分からなかった。男性の名前や顔は報道されていないし、紺華建設会長の孫は一人ではない。だが見る人が見ればすぐに写真の男は久慈だと分かってしまう。
誠に残したメモの通り、翌日から彼は出社しなくなった。その理由はすぐに分かる。久慈が今紺華バリューで働いているという事実を突き止めたマスコミが何社か受付にやってきた。一律「お答えすることはありません」と返して帰ってもらうこと。受付に出た社員はその指示通りにしているが、今度はお客さま専用ダイヤルに取材希望の電話が入った。誠も芸能ジャーナリストを名乗る人物からの外線を一本取り、それだけで体力を削り取られる。
名倉の対応は早く、すぐに対面と電話のマスコミ対応マニュアルが展開された。受付の人間も毅然と対応するし、コールのヘルプに入る誠も「こちらはお客さま専用の番号ですので」と言って、興味本位のジャーナリストをシャットアウトする。面白がって久慈のことを喋るようなスタッフはいない。だが相変わらず久慈は出社しない。マネージャーという立場と彼の人柄のお陰で悪口を聞くようなことはないが、それでもスタッフがみな胸に落ち着かないものを抱えて仕事をする羽目になった。一部の人間しか知らなかった久慈が紺華建設会長の孫だという事実も、今では知らない者はいない。
淡々と日々の仕事を熟した。久慈が来る前と同じように忙しい時間を過ごすが、残業する気にはなれなくて昼休憩を取らずに仕事を続ける。食欲がないからちょうどいい。三食ともまとも食事を摂らずに、たまに思い出したように引き出しに残っている和菓子を口にする。それも味がしない。
久慈が作ってくれたシステムのお陰で、毎日発送業務はスムーズに終わった。休憩をせずに仕事を続けていれば定時前にその日のノルマを終えてしまう。だが時間の余裕ができれば久慈のことを考えずにいられなくて苦しさが増すだけだ。
『俺にできることがあれば連絡をください』
一度耐え切れずにそうメッセージを入れてみたが、返信はなかった。付き合い始めてから毎晩のようにあった連絡がぱたりとなくなって、そのことがメンタルを悪化させる。そうこうするうちに彼が早退してから一週間が過ぎてしまう。会えない週末は更に誠を痛めつけた。一人でいれば悪い想像ばかりが膨らんでいく。それなのに光のところに行く気にもなれない。もう誠をいらないと思っているのではないか。今頃千布花江と一緒に誠を笑っているのではないか。久慈はそんな人間ではないと思いたいのに、ネガティブな想像が誠を苦しめる。
いつのまにかネットでも記事が出るようになって、紺華バリューの社名と久慈の顔写真まで公開されるようになった。久慈を否定するような記事が少ないのが幸いだが、千布花江のパーフェクトな結婚相手という見出しを見れば傷ついてしまう。そんなネットの影響で、週明けから更に紺華バリューへのマスコミの攻撃は激しくなる。余計な電話が入る分コールの人員が足りなくなって、誠も多くの時間をコールのヘルプとして過ごす。マスコミなら突っぱねてしまえても、お客さまから「お宅の久慈さんの件はおめでとうございます」と言われれば、何も言えないなりに話に応じなければならない。そんな日が二日、三日と続いて、時々自分が一体何をしているのか分からなくなる。
家に帰っても寝られず食べられずで、仕方がないからテレビを点けてみるが、タイミング悪く千布花江が出演するドラマを目にしてしまう。チャンネルを変えれば今度は紺華建設のCMが流れて、八つ当たりでリモコンを床に叩きつけてしまった。こんなことをする自分ではないと思うのに制御できない。
久慈のお陰で自分が好きになれそうな気がした。だが彼がいなくなれば魔法は解けてしまう。自分は何も変わっていない。母親に嫌われないようにお菓子で喜んだフリをしていた子どものままだ。報道以上の真実を調べることも、久慈に会う方法を探すことも初めから諦めている。だって婚約報道の出た美しい女優に、どうして太刀打ちできるだろう。
リモコンを拾い上げてテレビを消そうとした瞬間、もう一度流れた千布のCMに、一度に頭に血が上った。何故誠がたった一つ欲しいものを奪うのだろう。派手な暮らしがしたい訳でも高価な家や車が欲しい訳でもない。仕事はこつこつやれれば充分で、みなから称賛されるような派手な実績も望んでいない。ずっと関係を修復できなかった母親とのことも、もう諦めはついている。
千布にはあるではないか。輝くような美貌も芝居の実力もあって、独身男性の希望の星と呼ばれるほどみなに好かれている。財産も頼りになる事務所スタッフも家族だっている。それなのに何故久慈まで奪うのだろう。彼女なら他にも相手はいるではないか。誠にはいない。予知の能力を知っても好きでいてくれる相手なんて他にいない。それなのにどうして。
黒い気持ちが募っていく。チリチリと燃えていただけだったものが、次第に制御できないほど燃え上がる。誠本人すら焼き尽くすように燃え上がる炎に困って、楽になる呪文を一つ唱える。
「……転んで怪我でもすればいいのに」