未来の次の恋

 休み明けの一週間は忙しかった。お盆の反動のようにやってくる大量の発送依頼を処理しながら、社員の休暇明けならではのトラブルに対応する。入館証忘れや紛失。休み明けに何故か連絡なしで欠勤しているスタッフへの連絡。忙しくなるコール部門へのヘルプ。バタバタしているうちに一日が過ぎていく。
 久慈は名倉とともに外出することが多かった。九月からはマネージャーの立場を他のグループ会社に周知していくというから、その挨拶回りといったところだろう。名倉も一緒なら彼が勝手に決めたのではなく前々から決まっていた予定だ。決して誠を避けている訳ではない。そう知りながら、重い気持ちが晴れない日々が続く。
 一泊旅行の二日目、失態の夜が明けた朝はとても静かだった。二人とも早くに目覚めて、まだ空いているレストランに向かって朝食を摂る。二人で海辺を少し散歩して、予定より早く帰路に就くことになった。前夜のことを蒸し返すようなことはなく、彼はずっと優しい。
「本調子じゃないなら眠っていていいよ」
 帰りの車でそう言ってくれたけれど、そんなことができる筈がなかった。全てお膳立てしてもらって、彼を楽しませることすらできなかった自分が情けない。そのことに落ち込んで、車内でも気の利いた会話ができない。それがますます誠から自信を奪っていく。結局彼の言葉に応じるだけで、思うように空気を変えられないまま部屋に到着してしまった。
「また明日会社でね。今日はゆっくり寝て」
 その言葉は彼の最後の優しさだったのだろうか。彼が家に着いた頃お礼のラインを入れれば、優しいけれど無難な返事が返ってきた。一ターンで終わってしまったライン。翌日から彼とは碌に話していない。同じ会社にいるから挨拶くらいはするが、他のスタッフと変わらない短い言葉を向けられるだけだ。
 久慈はきっと、別れても誠に冷たい態度を取ることはない。それが逆に怖かった。平然と、これまでのことをなかったことにされるのではないか。特別な別れの言葉はなくて、誠が察しなければならないタイプのお別れ。それが一番辛い。それならはっきり拒絶された方がマシだ。けれど誠に強く言う資格はない。精一杯恋人になろうとしてくれたのに、彼を幸せにできなかったのは誠だ。予知の映像のせいだと言い訳するつもりはない。初めから、普通の人間は持っていない能力を理解してもらおうなんて思っていない。
 疲労とボロボロのメンタルで、せめて縋ることはしないでおこうと思った。今後個人的な連絡がなくなればそういうことだと受け入れよう。幸い彼はもうこの会社の仕事を把握して、あとは名倉と役席の仕事をしていけばいいだけだ。もう誠と雑務をすることもない。そう思えば、彼と残業で発送業務をした時間を何故もっと大事にできなかったのかと後悔が募る。だがそれが大人の恋の終わりというものだ。
 彼に電話をして問い質そうと思っていないことが救いだった。彼に迷惑をかけることにはならない。警察も登場しない。失恋は予知通りでも、惨事は起きていない。その事実を心の支えにして忙しい一週間を終える。
 ここ一ヵ月、金曜に連絡を取り合って土曜の夜や日曜に会うことを繰り返していたから、それがない金曜の夜は堪えた。やはりそれが答えなのだろう。何故連絡がないんですかと聞くようなことをして惨めになりたくない。せめて引き際は綺麗だったと思われたい。どうせ明日は光のところに行く。久慈と出会う前の日々に戻るだけだ。明日光に会ったら、予知が外れたことを報告しなくては。彼は寝不足を見抜いてしまうから、早く眠らないといけない。そう久慈から気持ちを逸らしてなんとか眠りに就こうとする。予知でもないのに嫌な夢を見続ける浅い眠りを繰り返しながら、漸く朝七時を迎える。昼の一時に治療院に行くことになっているが、もう眠れそうになくて起きてしまう。
 昨夜は碌なものを食べていない。朝も食べないと光に見抜かれてしまう。そう思って少しでも食べようとキッチンに向かったところで、ベッドに置いたままのスマホがメッセージの着信を告げた。
「久慈さん……?」
 考えるより先にタップしてしまって、出てきた内容に驚かされる。
『バタバタしていて連絡できなくてごめん。実は今夜から明日にかけても会社関係の予定が入ってしまって。でもできれば会いたいから、ランチでもどうかな? お兄さんのところに行くと思うから、短い時間でいいんだけど』
 誤解がないように何度も読み返したあと、思わずスマホを抱きしめてしまった。誠が心配していたような別れの気配はない。単純に会いたいと言ってくれる。誠だって会いたい。引き際がどうとか自然消滅とか、そのどれも本音ではなかった。もうそんな簡単な気持ちじゃない。久慈とこのまま終わりたくない。
『ぜひ会いたいです。偶然兄の都合がつかなくなって、今日は一日中空いているんです』
 強い気持ちに突き動かされて、そんなメッセージを返してしまう。
『じゃあS駅の前のお店に十一時はどうかな? カフェランチだけど、店内が広くてすぐ座れると思うから』
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