未来の次の恋

 砂浜と道の境にはヤシの木が植えられていて、海外にいるかのような錯覚を起こしてしまう。その錯覚の一つのような台詞に、上手い返しが浮かばなかった。単に肌の色が好きと言われたに過ぎないけれど、今の二人に好きと言う言葉はとても重要。この旅行で関係を進めて、誠も彼に好きだと返せたらいい。彼といて予知に惑わされることのない時間はとても貴重で、逃してたまるかと思う。予知が出なくなったのは彼で正解だからではないか。運命と言うのは大袈裟だが、彼と結ばれるのが自然だから予知の映像に苦しむことがなくなったのではないかと思う。そんな風に理由を探していることが、もう彼に夢中な証拠なのだ。久慈が好き。多分、薄暗いオフィスで出会ったときから彼に恋をしていた。
「誠」
 呼ばれて我に返れば、歩道から砂場に降りる部分が段差になっていた。先に降りた彼に手を差し出されて手を重ねる。途端にぎゅっと握り返されて、空いた腕で肩を抱くようにして砂の上に降りることになる。
「……そんな大層な段差じゃないのに」
 海に向かいながら言ってみれば、肩から腕を外した彼が鷹揚に笑う。
「ごめん。格好いい恋人の振る舞いってやつをやってみたい男心で」
「なんですかそれ。それより誠って」
「ダメ? プライベートで旅行までしているのに、加村さんもないかなと思って」
「ダメではないですけど」
 寧ろ久慈にしては遅いくらいだ。
「ありがとう。誠も遠慮なく恭介と呼んでいいから」
「……それはハードルが高いです」
「どうして? 誠って妙なところで控えめだよね」
「なんとでも言ってください」
 そんなことを言い合いながら、足元の感触が新鮮な砂の上を歩いていく。ただ歩くだけで幸せなのは、好き会う者同士の特権だと思う。それを口にするのと同じくらい名前で呼ぶのはハードルが高いから、今はまだ無理だと開き直って、気を抜けば足が埋もれてしまいそうな砂の上を歩くことに夢中なフリをする。そんなとき無理に話を続けない彼を、また少し好きになる。
 砂浜を進んだ先には、古いのか新しいのか分からないデザインのオブジェがあった。石でできた二メートルほどの高さの円柱に、人が通れるような穴が開いている。外側にはカラフルな石や貝殻が埋め込んであって、いかにも海辺のオブジェという感じだ。
「ベタにツーショット写真でも撮る?」
「いえ、結構です」
 スマホを取り出した彼に即答してやれば、彼が芝居がかった不満顔を見せる。
「ノリが悪いね」
「俺はそういう奴なので」
「じゃあ、僕が撮るから、あとで欲しくなったら言って」
「って、ちょっと……!」
 結局肩を抱き寄せられて、素早く画面に収まってしまう。
「不意討ちは狡いです」
「大丈夫。よく撮れているから」
 そう言って見せられた自分の顔がまぁまぁまともで、安堵している自分に呆れる。久慈が保存する写真に少しでも綺麗に映っていたいなんて、思考がまるで乙女だ。それもなんだか悪くない。
「濡れない程度に、もう少し海に近づいてみようか」
「はい」
 そこは素直に頷いて、寄せては返す波ぎりぎりを歩いて楽しむ。
 夕暮れ時に向かっていく海辺は暑すぎず心地よかった。からりとした空気に、時々思い出したように吹く風が気持ちいい。何度も寄せて引いてを繰り返しているように見えて、毎回少しずつリズムの違う波の音に、ずっと耳を澄ましていたいと思う。全くもって自分らしくない。それは百も承知だけれど、今日はそれでいいじゃないかと思える時間。
「おっと」
 心地よさに浸っていて、思いがけず強く返ってきた波から久慈が護ってくれた。
「……すみません」
「ううん」
 濡れずに済んだ足元を見ながら詫びる誠に、彼が煩く聞いてくることはない。
「らしくもなく心地よさに浸っていました。ずっと出不精の極みみたいな生活だったので」
 白状してみれば足を止めた彼が瞬いて、それからふわりと笑った。誠が自分のことを話したから嬉しいのだろうか。そう思えばこちらも頬に血を上らせてしまう。もしかしたら自分が思うよりずっと、好きだと思ってくれているのかもしれない。
「それなら誘ってよかった。実は断られるんじゃないかと思って、中々言い出せなくて」
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