未来の次の恋
車を降りて見渡せば充分刺激的な光景だった。整然と並ぶ向日葵に圧倒されて別世界に来たようだ。他の花に目移りすることなく、向日葵を植えたかったという気持ちが伝わってくる。特に花が好きな質でもないが、一面黄色の世界が素直に綺麗だと思える。
「少し歩いてみようか。暑いけど平気?」
「もちろん」
いや、あなたと同じ男なのだから平気に決まっていると言い返したい気持ちと、恋人として気遣われた擽ったいような気持ち。同じくらいだから、可愛くないことを言うのはやめておこう。そんなことを考える自分に自分で頬を染めてしまう。暑さのせいで久慈が気づかなくてよかった。そう、彼に押されて恋愛関係になった自分の方が思考が忙しいのは何故だろう。左右の花畑に挟まれた細い舗装道路を歩きながら、密かに見上げた彼の顔は、暑さを感じさせないほどいつものままだ。
「この辺はサンリッチオレンジかな。知ってる? サンリッチ向日葵は花の色によってフルーツの名前がつけられているんだよ。レモンとかパインとかマンゴーとか」
「いえ、全然。サンリッチ向日葵という名前も初めて聞いたくらいで」
「向日葵は向日葵って思っちゃうよね。僕も驚いたけど、二メートルを超えるものもあるし、手のひらサイズのものもあって興味深いよ。サンリッチが一番僕たちが見慣れた向日葵って気がするけどね」
クールなままかと思えば花について熱心に語ってくれる。その様子が楽しげで、恋に戸惑うばかりの自分がもったいなくなる。多少恥を晒したって久慈は誠を嫌わない。目一杯楽しんでしまえばいい。
「花が好きなんですか?」
「うん。割と好き」
聞けば彼は隠すことなく頷いた。広大な敷地に誠の肩くらいの花が咲き誇る畑の間を歩きながら、子ども時代の話をしてくれる。今より景気がよかった頃、久慈の生家には毎朝花屋が花を活けにやってきていたという。紺華建設グループに花を扱う会社があるからとはいえ、誠には考えられない生活だ。育ってきた環境が違いすぎて嫉妬の気持ちも起こらない。どこか遠い国の王子のような話。けれど彼の話の中に、誠を安堵させる部分もある。一瞬想像してしまった、久慈が花を好きになった理由が違っていたから。
「……結婚相手の女性が花が好きで、その影響なのかと思いました」
ぽつりと呟いてしまえば、彼が向日葵に負けないくらい華やかな顔になる。
「それは嫉妬してくれたという解釈でいいでしょうか」
「嫉妬?」
指摘されて、時間差で気づいて頬を染める。その通りだ。元妻の趣味の影響で誠をここに連れてきていたとしたら、なんてデリカシーがないのだと腹を立てていた。久慈がそんなことをする筈がないのに、些細なことからも不安の種を拾ってしまう。恋とはそんな面倒なものだったかもしれない。
「やっぱり二人で過ごすと色々な加村さんが見られて嬉しいな」
「……それはよかった」
「でも、花は本当に僕の趣味だから。もう帰りたいなんて言わないでよ」
そんなもったいないことを言って堪るかと思う。来月からは一部観光客にも公開するらしいが、今日は二人きりで目が覚めるような黄色の世界を堪能している。他愛もない話をしながら畑の端まで行ってみる。奥の畑にはグッドスマイルという丈が三十センチほどの向日葵があって、しゃがみ込んで触れてみる。そんな誠を久慈がスマホで不意討ちに撮影して抗議する。お返しに撮影しようとすれば、彼は綺麗な顔を作ってさぁどうぞと受け入れてしまう。そんな些細なことを積み重ねる時間が、七月の暑さを忘れるほど大切だ。
「花が好きなのは本当だけど、今日は別に純粋に花を愛でようとだけ思って加村さんを連れてきた訳じゃないんだ」
畑の端まで行って、来た道を半分程戻ったところで彼が足を止めた。
「他に何かあるんですか?」
見回してみるが、目に見える範囲はどこも向日葵の黄色に埋め尽くされている。
「うん。僕の下心かな」
「下心?」
何を言っているのだと思ううちに腕を引かれて、小道から向日葵と向日葵の間に引き入れられた。
「久慈さん?」
「ここは恋人同士には絶好の場所なんだよ。向日葵が姿を隠してくれるから、望まない写真を撮られることもない」
そうか、結構な立場だから拡散目的で写真を撮られたりするのかと、今更心配になった。それならこんな風に男同士で出歩くのもよくないのではないか。そんなことを考えていれば、すぐ前で彼が笑う。
「何を考えているのか知らないけど、危機感なさすぎだよ」
「少し歩いてみようか。暑いけど平気?」
「もちろん」
いや、あなたと同じ男なのだから平気に決まっていると言い返したい気持ちと、恋人として気遣われた擽ったいような気持ち。同じくらいだから、可愛くないことを言うのはやめておこう。そんなことを考える自分に自分で頬を染めてしまう。暑さのせいで久慈が気づかなくてよかった。そう、彼に押されて恋愛関係になった自分の方が思考が忙しいのは何故だろう。左右の花畑に挟まれた細い舗装道路を歩きながら、密かに見上げた彼の顔は、暑さを感じさせないほどいつものままだ。
「この辺はサンリッチオレンジかな。知ってる? サンリッチ向日葵は花の色によってフルーツの名前がつけられているんだよ。レモンとかパインとかマンゴーとか」
「いえ、全然。サンリッチ向日葵という名前も初めて聞いたくらいで」
「向日葵は向日葵って思っちゃうよね。僕も驚いたけど、二メートルを超えるものもあるし、手のひらサイズのものもあって興味深いよ。サンリッチが一番僕たちが見慣れた向日葵って気がするけどね」
クールなままかと思えば花について熱心に語ってくれる。その様子が楽しげで、恋に戸惑うばかりの自分がもったいなくなる。多少恥を晒したって久慈は誠を嫌わない。目一杯楽しんでしまえばいい。
「花が好きなんですか?」
「うん。割と好き」
聞けば彼は隠すことなく頷いた。広大な敷地に誠の肩くらいの花が咲き誇る畑の間を歩きながら、子ども時代の話をしてくれる。今より景気がよかった頃、久慈の生家には毎朝花屋が花を活けにやってきていたという。紺華建設グループに花を扱う会社があるからとはいえ、誠には考えられない生活だ。育ってきた環境が違いすぎて嫉妬の気持ちも起こらない。どこか遠い国の王子のような話。けれど彼の話の中に、誠を安堵させる部分もある。一瞬想像してしまった、久慈が花を好きになった理由が違っていたから。
「……結婚相手の女性が花が好きで、その影響なのかと思いました」
ぽつりと呟いてしまえば、彼が向日葵に負けないくらい華やかな顔になる。
「それは嫉妬してくれたという解釈でいいでしょうか」
「嫉妬?」
指摘されて、時間差で気づいて頬を染める。その通りだ。元妻の趣味の影響で誠をここに連れてきていたとしたら、なんてデリカシーがないのだと腹を立てていた。久慈がそんなことをする筈がないのに、些細なことからも不安の種を拾ってしまう。恋とはそんな面倒なものだったかもしれない。
「やっぱり二人で過ごすと色々な加村さんが見られて嬉しいな」
「……それはよかった」
「でも、花は本当に僕の趣味だから。もう帰りたいなんて言わないでよ」
そんなもったいないことを言って堪るかと思う。来月からは一部観光客にも公開するらしいが、今日は二人きりで目が覚めるような黄色の世界を堪能している。他愛もない話をしながら畑の端まで行ってみる。奥の畑にはグッドスマイルという丈が三十センチほどの向日葵があって、しゃがみ込んで触れてみる。そんな誠を久慈がスマホで不意討ちに撮影して抗議する。お返しに撮影しようとすれば、彼は綺麗な顔を作ってさぁどうぞと受け入れてしまう。そんな些細なことを積み重ねる時間が、七月の暑さを忘れるほど大切だ。
「花が好きなのは本当だけど、今日は別に純粋に花を愛でようとだけ思って加村さんを連れてきた訳じゃないんだ」
畑の端まで行って、来た道を半分程戻ったところで彼が足を止めた。
「他に何かあるんですか?」
見回してみるが、目に見える範囲はどこも向日葵の黄色に埋め尽くされている。
「うん。僕の下心かな」
「下心?」
何を言っているのだと思ううちに腕を引かれて、小道から向日葵と向日葵の間に引き入れられた。
「久慈さん?」
「ここは恋人同士には絶好の場所なんだよ。向日葵が姿を隠してくれるから、望まない写真を撮られることもない」
そうか、結構な立場だから拡散目的で写真を撮られたりするのかと、今更心配になった。それならこんな風に男同士で出歩くのもよくないのではないか。そんなことを考えていれば、すぐ前で彼が笑う。
「何を考えているのか知らないけど、危機感なさすぎだよ」