未来の次の恋

 リフレッシュルームの大型テレビを観るともなしに観ていれば、お昼のバラエティが途切れたタイミングで紺華建設のCMが流れた。紺華建設はこの四月からこれまでのCMイメージを一新して、メインで使う人間を博識で有名な大御所俳優から、まだ三十になったばかりの人気女優に変えたのだ。彼女が紺華建設の技術の高さに驚いて、家を建てる予定の友人に勧めるというストーリーで十五秒のCMが流れていく。
 確か千布ちぶ花江はなえという名前だったか。黒髪の小柄で、可愛らしい顔立ちにおっとりとした話し方。それでいてドラマでは悲劇のヒロインから悪役まで難なく演じてしまえる実力者だ。CMに抜擢されるのも納得だ。性格もいいと評判で、寂しい独身男性の希望の星と言われている。紺華建設もいいところを狙ったものだと、人に聞かれたら何様だよと突っ込まれそうなことを考える。
「お、珍しいな、加村がここでぼんやりしているなんて」
 三人掛けのソファーの端にいれば、自販機のある廊下側からやってきた真壁が気づいて声を掛けてくれた。
「一人で飯を済ませて、さっさとデスクに戻ってしまうような人間が、どういう心境の変化だ? 誰かと待ち合わせか?」
「久慈さんとお昼に出ることになっていて」
「ああ、久慈マネージャーか。今総務にいるんだよな。人事の奴らが加村に面倒を押しつけるみたいになって悪かったって言っていたぞ」
 秘密の関係の久慈の名前は出さなければよかったかなと思ったが、そんなことに気づく様子もなく、真壁は久慈評を披露してくれる。
「いい人だよな。結構なお坊ちゃまなんだろ?」
 いいところのお坊ちゃまらしいという噂だけで、久慈が紺華建設会長の孫だということは知らないらしい。いずれバレるだろうが、誠の独断で話す訳にはいかないから、今は黙っておく。
「それなのに嫌味なところがないし、聞いたところによればしっかり営業職の修業も積んだ人らしいな。コール部門の手伝いまでしてくれるし、世の中にあんな何拍子も揃った男がいるもんなんだな」
「だよね。俺も驚いている」
「見た目もいいしな」
「確かにね」
 然程興味がないような言い方をしているが、内心はトクトクと鼓動を速めていた。その何拍子も揃った男と、お試しとはいえ恋人になってしまったのだ。もちろん職場では秘密で、仕事中は一切態度に出さない。
「加村は堅いからな。相手はマネージャーなんだし、彼の世話役をしているのは加村なんだから、飯くらいしっかり奢ってもらえよ」
 彼は同期で親しくしているから誠のことをよく分かっている。休憩時間という限られた時間で人と食事に出るのは苦手だし、仕事の人間に奢られるのも好きではない。が、久慈とはもう仕事だけの関係ではないから甘えることにしている。彼曰く、「年下の恋人は相手に存分に甘える義務がある」のだそうだ。そんな言い方がありがたい。色々あって光以外に甘えるのが苦手だった誠に、久慈は一から恋人の振る舞いを教えてくれる。今まで抱えてきた苦しいことを引き受けるとまで言ってもらっているのだ。何もかも甘えるつもりはないが、彼の言葉に救われるし、彼の言動を思い返せば自然と表情が緩んでしまう。
「なんか機嫌いいな。いいことでもあったか?」
 鋭く指摘されていつもの無表情を作ってみるが、彼は更に突っ込んでくる。
「そういえば、お前の最近のブームだったマスクと眼鏡もやめたんだな。本気で何かあったのか?」
「単に暑くなったからやめたんだよ」
「ふーん」
 あまりしつこく絡むと黙ってしまう誠を知っているから、真壁は適度なところでやめてくれる。
「じゃあ、またコールが忙しくなったら頼むわ」
 だがそのまま去っていくかと思えば、厄介な置き土産を残していく。
「加村には珍しく日焼けしてるな。週末、誰かとどこかに行った?」
 聞くだけ聞いて満足したというように、彼はひらひらと手を振って離れていく。
「俺が出掛けちゃ悪いかよ」
 周りに聞こえないように呟いてみるが、嫌な気分でもなかった。鋭い真壁だが、まさか久慈と出掛けたとは思わないだろう。それもデートだ。そう考えれば少し愉快な気分になる。純粋な子どもみたいな気持ち。久慈に全てを告げてからずっと、身体の中をさらさらと水が流れていくような感覚でいる。隠しごとをしなくていいし、嬉しいときは喜んでいい。そんな当たり前の日々が心地よくて仕方がない。もちろん予知のことは常に頭の片隅にあって、予知の未来に繋がるような行動は避けているのだけれど。
「……焼けたか?」
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