未来の次の恋
不安と急く気持ちを抑えながら、なんとか順序立てて話そうとする。祖母の能力。子ども時代の体験。能力のせいで母親に疎まれたこと。能力の質が限定されていったこと。自覚してからの恋愛。込山里菜との関係。そしてすっかり諦めてしまった生活。久慈と初めて会ったときに見えたもの。
流石に驚いたようだが、彼は口を挟まず聞いてくれた。時々誠が上手く伝えられずにいることに、彼が相応しい言葉を見つけてくれる。全て話して、いくつか彼の質問に答えた十分足らずの時間。誠にはとてつもなく長く感じられた。誰にも言えないまま、苦しいほど抱えてきた。
「話してくれてありがとう」
一段落したところで、彼が誠の背を撫でてくれた。夢中で話して軽い酸欠状態になっていた身体に、酸素が入って楽になる。
「その加村さんのアンテナというのは、誰にでも反応する訳ではなくて、あくまでも恋愛関係になる可能性のある人物だけに反応するんだよね」
「はい。だからあまり新しい人と会わないようにしていて」
「そう。それなら嬉しい」
予想外の反応だった。
「嬉しい?」
「好きな人に意識してもらえるのは嬉しいでしょう?」
「いや、だから……」
この人は本当に話を聞いていたのだろうか。怖い部分を全部聞き逃しているのではないかと思うほど、迷いがない。
「怖くないんですか? 俺がストーカーになって、警察に助けを求めるくらいに苦しむかもしれないんですよ」
「それほど僕に執着してくれる加村さんを見てみたいね」
「そんな簡単なことでは」
「簡単なことだよ」
きっぱり言い切られた。
「多分嫌われていて、振り向いてはくれないだろうと思っていた加村さんが、実は僕を好きだと言ってくれた。これより難易度の高いことなんてなかったよ。単純に、僕は嬉しい」
「好きなんて言っていません」
「好きじゃないの?」
「えっと」
「まぁ、言葉は追い追いでいいけど」
寧ろ楽しんでいるようで拍子抜けしてしまう。恋愛云々を別にして、おかしな能力を持つ人間というものにも嫌悪感はないらしい。それでも信じ切れずにいる誠に、彼がまっすぐ目を向けてくる。軽い部分を全部取り払って、真摯な部分だけを見せるように、彼の目が鋭くなる。
「今見ている以外の現実なんかないよ。今生きている現実以外に怯える必要なんかない。僕はそう思う。加村さんの人生なんだから、よく分からないものに未来を決められたら悔しいでしょう?」
誠の今の生き方を咎められたような気がした。視線を逸らしてしまったのは、彼の言うことが正しいから。好きなものを好きと言えない人生なんてつまらなかった。好きなら突き進んで、恋愛をして予知の未来を超えてみたい。そんな相手と巡り会いたいと本音は思っていた。それなのに、今の誠は惨事が怖くて外に出ることすら拒んでいる。光とだけ会えればいい。和菓子を食べていれば幸せだと自分に言い聞かせていた。本当は抜け出したかった。抜け出したいと思わせてくれる相手に会いたかった。
「……もっと自由に生きてみたいです」
「うん」
「もっと色々なところに出掛けて、沢山のものを見てみたい」
「それが正解だよ」
正面からぽんと肩を叩かれた。誠のことだというのに、自分のことのように喜んでくれる。彼を突き放すような態度ばかり取ってきたけれど、受け入れてみたらどうなるだろう。それを思えば期待に胸が高鳴る。そんな感覚、もうずっと忘れていた。
「とりあえずお試しでいい。恋人になっても惨事なんて起きないことを証明するために、付き合ってほしい」
その言い方は狡いと思った。そう言われれば断れなくなってしまう。だが本音はそんな強引さが嬉しい。
「……俺の能力なんてたいしたことがないって、分からせてくれますか?」
「うん。僕ならできそうな気がする。それくらい加村さんが好き」
「じゃあ、久慈さんの証明に付き合います」
遠回しで可愛げのない言い方だったと思う。それでも彼が幸せそうに笑うから、まるで自分が幸せを与えたみたいな錯覚に陥ってしまう。
「加村さんが今まで抱えてきた苦しいことを、これからは僕も引き受けるから」
もったいない言葉だった。お礼を言うのはこっちだと思う誠の肩を、彼がやんわりと抱き寄せてくれる。彼の肩に頭を寄せる形になって、たったそれだけのことで頬を染めてしまう。
いつのまにか周りのベンチにぱらぱらと人が座っていた。友人らしい男子高生二人や、子どもを抱いた父親、犬を連れた女性もいる。何やら話に盛り上がった高校生が楽しげな笑い声を上げて、ああ、いいなと思う。
周りに人が増えても久慈から離れたくなかった。世間から身を隠すように生きてきたのに、今は、男同士がこうしていて何が悪いと思っている。抱えてきた事情を白状して、彼の気持ちを受け入れた。そんなとてつもない大仕事を終えたのだ。小さなことに構っていられない。
「しばらくこうしていようか」
髪を撫でられて頷いた。久慈の言葉に素直に身を任せる。自分はそんな些細なことを望んでいたのだと実感した瞬間。もう嫌いなフリをしなくていいことが、泣きそうなほど嬉しかった。
流石に驚いたようだが、彼は口を挟まず聞いてくれた。時々誠が上手く伝えられずにいることに、彼が相応しい言葉を見つけてくれる。全て話して、いくつか彼の質問に答えた十分足らずの時間。誠にはとてつもなく長く感じられた。誰にも言えないまま、苦しいほど抱えてきた。
「話してくれてありがとう」
一段落したところで、彼が誠の背を撫でてくれた。夢中で話して軽い酸欠状態になっていた身体に、酸素が入って楽になる。
「その加村さんのアンテナというのは、誰にでも反応する訳ではなくて、あくまでも恋愛関係になる可能性のある人物だけに反応するんだよね」
「はい。だからあまり新しい人と会わないようにしていて」
「そう。それなら嬉しい」
予想外の反応だった。
「嬉しい?」
「好きな人に意識してもらえるのは嬉しいでしょう?」
「いや、だから……」
この人は本当に話を聞いていたのだろうか。怖い部分を全部聞き逃しているのではないかと思うほど、迷いがない。
「怖くないんですか? 俺がストーカーになって、警察に助けを求めるくらいに苦しむかもしれないんですよ」
「それほど僕に執着してくれる加村さんを見てみたいね」
「そんな簡単なことでは」
「簡単なことだよ」
きっぱり言い切られた。
「多分嫌われていて、振り向いてはくれないだろうと思っていた加村さんが、実は僕を好きだと言ってくれた。これより難易度の高いことなんてなかったよ。単純に、僕は嬉しい」
「好きなんて言っていません」
「好きじゃないの?」
「えっと」
「まぁ、言葉は追い追いでいいけど」
寧ろ楽しんでいるようで拍子抜けしてしまう。恋愛云々を別にして、おかしな能力を持つ人間というものにも嫌悪感はないらしい。それでも信じ切れずにいる誠に、彼がまっすぐ目を向けてくる。軽い部分を全部取り払って、真摯な部分だけを見せるように、彼の目が鋭くなる。
「今見ている以外の現実なんかないよ。今生きている現実以外に怯える必要なんかない。僕はそう思う。加村さんの人生なんだから、よく分からないものに未来を決められたら悔しいでしょう?」
誠の今の生き方を咎められたような気がした。視線を逸らしてしまったのは、彼の言うことが正しいから。好きなものを好きと言えない人生なんてつまらなかった。好きなら突き進んで、恋愛をして予知の未来を超えてみたい。そんな相手と巡り会いたいと本音は思っていた。それなのに、今の誠は惨事が怖くて外に出ることすら拒んでいる。光とだけ会えればいい。和菓子を食べていれば幸せだと自分に言い聞かせていた。本当は抜け出したかった。抜け出したいと思わせてくれる相手に会いたかった。
「……もっと自由に生きてみたいです」
「うん」
「もっと色々なところに出掛けて、沢山のものを見てみたい」
「それが正解だよ」
正面からぽんと肩を叩かれた。誠のことだというのに、自分のことのように喜んでくれる。彼を突き放すような態度ばかり取ってきたけれど、受け入れてみたらどうなるだろう。それを思えば期待に胸が高鳴る。そんな感覚、もうずっと忘れていた。
「とりあえずお試しでいい。恋人になっても惨事なんて起きないことを証明するために、付き合ってほしい」
その言い方は狡いと思った。そう言われれば断れなくなってしまう。だが本音はそんな強引さが嬉しい。
「……俺の能力なんてたいしたことがないって、分からせてくれますか?」
「うん。僕ならできそうな気がする。それくらい加村さんが好き」
「じゃあ、久慈さんの証明に付き合います」
遠回しで可愛げのない言い方だったと思う。それでも彼が幸せそうに笑うから、まるで自分が幸せを与えたみたいな錯覚に陥ってしまう。
「加村さんが今まで抱えてきた苦しいことを、これからは僕も引き受けるから」
もったいない言葉だった。お礼を言うのはこっちだと思う誠の肩を、彼がやんわりと抱き寄せてくれる。彼の肩に頭を寄せる形になって、たったそれだけのことで頬を染めてしまう。
いつのまにか周りのベンチにぱらぱらと人が座っていた。友人らしい男子高生二人や、子どもを抱いた父親、犬を連れた女性もいる。何やら話に盛り上がった高校生が楽しげな笑い声を上げて、ああ、いいなと思う。
周りに人が増えても久慈から離れたくなかった。世間から身を隠すように生きてきたのに、今は、男同士がこうしていて何が悪いと思っている。抱えてきた事情を白状して、彼の気持ちを受け入れた。そんなとてつもない大仕事を終えたのだ。小さなことに構っていられない。
「しばらくこうしていようか」
髪を撫でられて頷いた。久慈の言葉に素直に身を任せる。自分はそんな些細なことを望んでいたのだと実感した瞬間。もう嫌いなフリをしなくていいことが、泣きそうなほど嬉しかった。