未来の次の恋

 誠には昔から不思議な能力があった。嫌な能力という方がしっくりくる。簡単に言えば、目の前の相手と恋愛をした場合の惨事を予知してしまうのだ。幼少期から数えて、大きいものだけでも五回。偶然では済まされないほど酷い目に遭ってきた。
 三年前にやりきれない失恋をして、もう恋愛をするのはやめようと思った。自分は恋愛してはいけない人間なのだと思い知った。
 誠のアンテナが反応するのは好きになる可能性がある人間だけ。それなら可能性のない人間しかいない環境で暮らせばいい。幸い、紺華バリューにはアンテナが働く人間がいないし、それほど人事異動が頻繁な会社でもない。なるべく昔から仲のいい社員とだけ話すようにして危険を減らす。プライベートもほぼ自宅で過ごして、新しい人間と会わないようにする。和菓子と整体が細やかな楽しみ。そう、自分なりの幸せを見つけて生きてきたのに、何故また誠の心を掻き乱すような男が現れるのだろう。
 名前も知らない男に無礼を働いた晩は、ベッドに寄りかかってぼんやりと過ごした。また辛い思いをする羽目になるのだろうかと思えば、落ち込んで夕食を摂る気すらなくしてしまう。
 土曜もコール部門の社員が出社しているから、とりあえず翌朝こっそり職場に向かって鞄を回収してきた。その後はまた部屋に籠もる。誠個人の問題は置いておいて、紺華グループの客かもしれない人間に失礼なことをしてしまった。少し冷静さが戻ってくれば、それも気になり始める。
 職場ビルは紺華建設の持ちもので、紺華バリューと同じフロアの半分には紺華レンタルという会社が入っていた。うっかり隣の会社に入ってしまったが、実は紺華レンタルの客だったという可能性はないだろうか。そう悪足掻きをしてみるが、その可能性が低いことは分かっていた。落ち着き払って窓の外を眺めていた。綺麗な二重の目に鼻筋が通って、その下にバランスのいい唇が収まった整った顔立ちの男。身長は誠より十センチは上だろう。長い手足に上質なスーツがよく似合っていた。大丈夫? と誠に手を伸ばしてくれた姿が浮かぶ。厄介な状況にも拘らず、面倒だという素振りは微塵もない。大丈夫。僕がなんとかするから。そう聞こえてしまいそうな落ち着いた声。低いというより深いという表現が似合う、いい声だった。
「ダメだって」
 自分で自分を叱って頭を抱えた。パニックを起こしていた筈なのに、何故こんなにも彼の記憶が鮮明なのだ。もう過去と同じ目に遭いたくないと思うのに、振り払おうとする気持ちに反して、彼の魅力的な部分が甦ってしまう。
 どうか極力接点のない人間でありますように。そう祈るだけの休日が明けた月曜。朝一で事務部門長の名倉から呼び出された。
「急で悪いんだけど、うちにマネージャーとして男性が一人来ることになった」
 ああ、そう来ましたかと、表情は崩さないまま内心ため息を吐く。
「紺華建設の会長のお孫さんで、名前は久慈くじ恭介きょうすけ。年齢は三四歳」
 それは予想以上に話が壮大だ。
「紺華建設で働いていたんだけど、かなり優秀らしくてな。一度別の会社でマネージャーを経験させたあと、紺華建設の方で一気にポジションを上げて……」
「あの」
 理事職を兼務しながら総務の誠のことまで気に掛けてくれる尊敬する上司だが、今は彼の言葉を遮ってしまう。
「そんな偉い方なら指導は役席の方がするのですよね? 一時的な移籍か出向か分かりませんが、書類上の手続きの担当は人事部です。私はデスクの準備をして、ビル内を案内する程度でいいでしょうか?」
 先手を打った。どうかそれで済んでくれという気持ちだった。
「それが、悪いんだが」
 だが無情な言葉は続く。
「役席もずっとついてはいられないし、とりあえず総務のお前についてもらって、この会社の仕事全体を把握してもらおうということになって」
「何故私が」
「お前はどの部署の仕事も手伝いに行けるほど知識があるだろう? 力のある人間にへつらうタイプでもないし、安心できるからな」
 二番目は褒められているのかどうか分からないが、どうやら逃れられない運命らしい。
「驕ったところのない気持ちのいい性格の男だと評判らしいし、長くても一年の予定だから問題はないだろう」
3/62ページ
スキ