未来の次の恋
いつのまにか傍にいた久慈がスマートフォンを奪って光と会話をしている。
「いい治療を受けられたのも誠さんのお陰ですし、夕食をご馳走しようと思っていたんですけど、お兄さんと先約があったんですね。今日はここで解散にしますから、もう少し待ってください」
穏やかなのに反論を許さない言い方で言って、特に強引という訳でもなく電話を切ってしまう。
「残念だけど、素敵な整体師の先生を怒らせる訳にはいかないからね。今日は大人しく帰ります」
不穏な空気は感じていた筈だ。それなのに、彼は誰も悪者にしないでなんとかしてしまう。はい、とスマートフォンを返されて、そこで少し冷静さが戻ってきた。
「久慈さんて、どんなことでも上手く処理してしまう人って感じです」
ここで久慈とお別れだと思えば、やはり少し寂しかった。光のところに帰るにしても、もう少しだけ話していたくて、とにかく今思うことを言ってみる。
「そんなことないよ」
木陰の隙間のきらきらした陽の光を浴びて微笑む彼が綺麗だと思った。綺麗なものが欲しくなるのは本能だ。その本能のまま行動できたらどれだけ楽だろう。
「僕にも苦手なものくらいある」
「例えば?」
「あまり女性が得意じゃない」
「女性?」
「うん。マネージャーの立場で我が侭は言えないんだけど、できれば女性とはあまり話したくない。一度に何人かでやってこられると、どう躱そうか考えてしまう」
矢崎に対する彼の態度を思い出した。退職しなくていいように懸命に動いた割に、彼女に対する態度はそっけなかった。
「どうしてまた」
「うーん。話せば長くなるんだよね。女性だけでなく、恋愛も苦手だし」
「恋愛?」
それには流石に異議を唱えたい。さっきあれほど簡単に誠に好きだと言ったではないか。これまでの態度を考えても、恋愛が苦手だとは思えない。
「疑っているね」
「はい。信じられません」
素直に言えば彼が笑う。いつもの穏やかな微笑みではなく、ちょっと悪戯っぽい顔。
「本当だよ。恋愛が苦手なのに無理して結婚して、結局失敗しているから」
「結婚?」
「そう。僕はバツイチだから」
予想を超えた台詞に思考が追いつかない。
「気になる?」
「とても」
気にならない訳がなかった。これほど完璧な男と結婚して、別れようと思う女性がいるのか。そもそも女性が苦手と言っておきながら何故結婚しているのか。いや、離婚したから女性が苦手になったのか。聞きたいことがありすぎて混乱する。
「嬉しいな。加村さんが漸く僕に興味を持ってくれたみたいで」
彼がいつもの掴みどころのない男に戻ってしまった。自分も久慈に隠しごとをしておきながら、離婚の深い事情までは話してくれないのかと寂しくなる。
「そうだな。じゃあ、続きが聞きたいなら」
だが続いた言葉は想像と違った。
「来週デートしてくれない?」
「えと、土曜は毎週兄のところに行くことになっていて」
反射的に返してから、別に白状する必要はなかったなと後悔した。
「じゃあ、日曜にしよう。それならお兄さんとの約束も入っていないだろうから」
だが光に怯えるような彼ではない。
「土曜にお兄さんと会ったって、日曜の予定を報告しなきゃいけない訳ではないでしょう?」
つまり内緒で会おうということだ。ついでに誠に、わざわざ報告して波風を立てることはないよと助言してくれている。
「……女性はともかく、恋愛が苦手というのは嘘じゃないですか?」
行きますと言う代わりに言ってやれば、彼が「さぁ?」と策士の顔で笑った。
「いい治療を受けられたのも誠さんのお陰ですし、夕食をご馳走しようと思っていたんですけど、お兄さんと先約があったんですね。今日はここで解散にしますから、もう少し待ってください」
穏やかなのに反論を許さない言い方で言って、特に強引という訳でもなく電話を切ってしまう。
「残念だけど、素敵な整体師の先生を怒らせる訳にはいかないからね。今日は大人しく帰ります」
不穏な空気は感じていた筈だ。それなのに、彼は誰も悪者にしないでなんとかしてしまう。はい、とスマートフォンを返されて、そこで少し冷静さが戻ってきた。
「久慈さんて、どんなことでも上手く処理してしまう人って感じです」
ここで久慈とお別れだと思えば、やはり少し寂しかった。光のところに帰るにしても、もう少しだけ話していたくて、とにかく今思うことを言ってみる。
「そんなことないよ」
木陰の隙間のきらきらした陽の光を浴びて微笑む彼が綺麗だと思った。綺麗なものが欲しくなるのは本能だ。その本能のまま行動できたらどれだけ楽だろう。
「僕にも苦手なものくらいある」
「例えば?」
「あまり女性が得意じゃない」
「女性?」
「うん。マネージャーの立場で我が侭は言えないんだけど、できれば女性とはあまり話したくない。一度に何人かでやってこられると、どう躱そうか考えてしまう」
矢崎に対する彼の態度を思い出した。退職しなくていいように懸命に動いた割に、彼女に対する態度はそっけなかった。
「どうしてまた」
「うーん。話せば長くなるんだよね。女性だけでなく、恋愛も苦手だし」
「恋愛?」
それには流石に異議を唱えたい。さっきあれほど簡単に誠に好きだと言ったではないか。これまでの態度を考えても、恋愛が苦手だとは思えない。
「疑っているね」
「はい。信じられません」
素直に言えば彼が笑う。いつもの穏やかな微笑みではなく、ちょっと悪戯っぽい顔。
「本当だよ。恋愛が苦手なのに無理して結婚して、結局失敗しているから」
「結婚?」
「そう。僕はバツイチだから」
予想を超えた台詞に思考が追いつかない。
「気になる?」
「とても」
気にならない訳がなかった。これほど完璧な男と結婚して、別れようと思う女性がいるのか。そもそも女性が苦手と言っておきながら何故結婚しているのか。いや、離婚したから女性が苦手になったのか。聞きたいことがありすぎて混乱する。
「嬉しいな。加村さんが漸く僕に興味を持ってくれたみたいで」
彼がいつもの掴みどころのない男に戻ってしまった。自分も久慈に隠しごとをしておきながら、離婚の深い事情までは話してくれないのかと寂しくなる。
「そうだな。じゃあ、続きが聞きたいなら」
だが続いた言葉は想像と違った。
「来週デートしてくれない?」
「えと、土曜は毎週兄のところに行くことになっていて」
反射的に返してから、別に白状する必要はなかったなと後悔した。
「じゃあ、日曜にしよう。それならお兄さんとの約束も入っていないだろうから」
だが光に怯えるような彼ではない。
「土曜にお兄さんと会ったって、日曜の予定を報告しなきゃいけない訳ではないでしょう?」
つまり内緒で会おうということだ。ついでに誠に、わざわざ報告して波風を立てることはないよと助言してくれている。
「……女性はともかく、恋愛が苦手というのは嘘じゃないですか?」
行きますと言う代わりに言ってやれば、彼が「さぁ?」と策士の顔で笑った。