未来の次の恋

 気がつけば歩道の真ん中で向き合っていて、傍を歩く人に気づいた久慈がスマートに肩に腕を回してくれた。そのまま腕を引かれて、駅の脇にある小さな広場に連れていかれる。花壇と時計台とベンチがある場所だが、寛ぐにしては暑すぎるから休日だというのに人も疎らだ。彼に促されて花壇周りの石のベンチに並んで座る。傍にある桂の木が程よい陰を作ってくれる位置だと思ったが、ふと見れば久慈は木陰に入ることなく陽を浴びている。女性のように護られたことに気づいて、また胸の痛みに襲われる。
「……好きというのは冗談ですか?」
「ううん、本気」
 陰の掛かる足元を見ながら聞けば即答された。冗談にして終わらせようと思った誠の心を読んだのだろう。
「俺、久慈さんに好かれるようなことをした覚えはない」
「一目惚れかな」
 あまりにもあっさり言われて、その顔を見上げてしまう。好きだと言っておきながら、相手に見つめられても動じない。拒絶されるのが怖くないのかと思うが、彼ならすぐに次の手を考えるのだろうと思い直す。一度の拒絶くらいでめげたりしないことは、何度も酷い態度をとってきた誠がよく知っている。
「残業中に会ったとき、ああ、綺麗な人だなと思った」
 言い返せない誠にふっと目許を緩めて、彼が言葉を重ねる。
「暗がりでも分かるくらいに色白で、黒髪が綺麗なのも分かったからね」
 そう言われて、一体なんと返せばいいのだろう。
「綺麗だなと思ったのに、そのあとすぐ僕の腕を払って出ていくでしょう? それで翌週からマスクと眼鏡で現れるし、そんなに僕のことが嫌いなのはどうしてだろうって気になって仕方がなかった。でも、それとは別に凄く仕事ができることとか、他の部署の人間にも気遣いができることとか、色々気になるようになって。できればアレルギーのフリをしている理由だけでも教えほしいなって。そんなことを思ううちに好きになった」
「色々買い被りすぎです」
 彼に酷い態度を取った理由は言えないから、また足元に視線を戻してしまう。その上で空気が柔らかく揺れる。何も言っていないのに、大丈夫、無理強いはしなからと言われたような気がする。
「僕と一線を引いて接しなければならない理由があることは分かったよ。でも僕が嫌いか嫌いでないかだけでも教えてくれると、片思いの身としては助かるかな」
 答えを求める感じでもなく彼が言う。嫌いではない。彼を嫌う人間なんていない。
「俺は」
 せめてそれは答えてやろうと言葉にしかけて、そこで鞄に入れていたスマートフォンが震え始めた。待ってみても鳴りやまない電話に諦めて、久慈に小さく詫びてから通話ボタンに触れる。
「どこにいる?」
 相手は画面を見なくても分かった。
「駅前にいます」
「戻ってこないのか?」
 珍しく誠の答えを待てないというように光が聞いてくる。そういえば、久慈を駅まで送ったあとに話をすると約束していた。
「ちょっと駅前が混んでいて。人混みに疲れてしまったから、今日はもう帰ろうかなって」
「誠」
 光の鋭い声に不安が煽られる。彼のところに戻った方が安全だと分かっていて、それでも、もう少し久慈と過ごしたいと思ってしまう。
「あの男はやめておけ」
 言葉を見つけられない誠に、光の容赦ない言葉が向けられる。
「もうできるだけ近づかない方がいい。お前は奴に夢中になる。けど奴はお前なんてすぐ要らなくなる。そうなったとき、気持ちを抑えられないお前が警察沙汰になるようなことをしてしまうんだ。お前もそんな未来嫌だろう?」
 久慈に聞かれたら嫌な話になって、思わず立ち上がった。分かっている。先に相談したのは誠だし、光は心配してくれている。けれど今は久慈を悪く言ってほしくない。
「兄さん、俺は」
「今ならまだ引き返せる。どこか気分転換できるところに連れていくから、とにかく俺のところに……」
 そこで光の声が途切れた。
「こんにちは。お兄さんですか? 先程はお世話になりました」
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